(但馬国 御出石神社)
◆ 玉鋼の杜 ~金屋子縁起と炎の伝承~ 8
体調が芳しくないことなどが原因で、記事を上げられる神社が枯渇しています。
7日間限定で、1日1記事に抑え、
急場を凌いでいこうと思います。
今回は天日槍神説の「中編」となります。
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■過去記事
2 … 金屋子神の信仰圏
3 … 「金屋子神」八幡神説(前編)
4 … 「金屋子神」八幡神説(中編 1)
5 … 「金屋子神」八幡神説(中編 2)
6 … 「金屋子神」八幡神説(後編)
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■ 「金屋子神」天日槍神説(中編)
◎「民族形成と鉄の文明」宍戸儀一著より
「楽園崑崙(こんろん)」というギリシア人が夢見た楽園があったとのこと。「ダニューブ河原」(ドナウ川)のこととされますが、インド北部)(中国西部)の伝説に由来しているとのこと。
そしてそのインド北部の「北クル」が、鉄の古代史のうえに占める位置はきわめて重要であるとしています。
「須彌山」(しゅみせん)に数千歳の半神人や神仙が住み着き、とこしえに春と祝福が占有する国であるとのこと。
「金屋子縁起抄」に金山姫の言葉として、
━━わが父は山神王、わが母は海龍王の娘なり。わが一族九十九人あり。須彌山の洞穴三十三あり、一つの穴に三人づつ住めるなり。われその大姉なり━━とあり、金山姫の郷土は「須彌山」であると述べられています。
ところが「崑崙」や「須彌山」は必ずしも北インドにあったわけではなく、「蓬莱島」のごとき島であり得ることも。それは「日の皇子を中心とする共同体の優れた秩序をもつ鉄の民族の国であったから」と。つまりそれは日本という国。
「魏志」の東夷伝や、孔子の扶桑国として憧れたように、「あらゆるクルのうちのクル、カラのうちのカラであって、コロンブスがそのために探検隊を組織した」と。
◎金屋子神と天日槍
「鐵山秘書」所載の祭文によると、中国(日本の中国地方)の踏鞴(たたら)師たちが信奉した金屋子神は、播磨国宍粟郡「千種村岩野邊」に降臨したが、やがて白鷺に乗って出雲に飛び、金屋子神社が鎮座する能義郡「比田村西比田」の山中に到ってそこに踏鞴を据え、みずからムラゲとなって鉄を吹いたとあります。
その時神主として仕えたのが安部氏。現在も社家として存続しています。その「安部家由緒」には、━━金屋子神は山司・神護王を父とし水司・龍王命を母とし、太古甲子の年三月十一日甲子の日、大和國春日山の麓に生誕した━━とあるとのこと。
「アベ氏」というと大和国十市郡(現在の桜井市安倍)を本拠地としていた安倍氏が浮かびます。一族は添上郡の拠点もあったとされ、春日大社創建の際には安倍氏から土地を譲り受けたとも。この安倍氏の裔なのでしょうか。
少々脱線しましたが、宍戸儀一氏の著に戻ります。
いずれにしても出雲よりは東に最初の降臨地があったことになります。
この後、少々首を捻るような記述となります。
* 但馬と新羅との交渉は神代の昔からかなり後代まで続いたと想像する。
* 伝説では天日槍が播磨の「揖保川」口から入ったことになっているが、下関海峡のまだ開いていない当時としては、むしろ反対に但馬から播磨に入ってそこで出雲勢力と衝突した。
* 天日槍の名による一族の渡来は孝霊帝前後の時代であって、赫居世(カクキョセイ)の冊立の蔭にひそむ古朝鮮の滅亡につながっているらしい。
* 秦の遺蘖(いげつ、=残党、遺民)が韓に奔った(はしった)らしく、また新羅人とともにそこを立ち去ったが、その分布が出石文化圏にほぼ一致する銅鐸が、朝鮮出土の小鈴鐸に酷似するとともに秦の扁鐘に近いと称せられる。
出雲の丸い鉄鐸に対して出石の銅鐸が新しい祭祀の提示として現れた。そのため銅鐸はますます大きく壮麗になった。
まず「但馬と新羅との交渉が神代から…」としていますが、これを立証する手立ては無く、想像の範囲を出ません。
次に「下関海峡のまだ開いていない当時としては…」とありますが、既に6000年前から開いていたとされます。
ここはやはり紀記の記述通りに播磨→但馬へとみるべきではないかと思います。
「天日槍の名による一族の渡来は孝霊帝前後の時代」としていますが、孝霊帝は欠史八代の一(当ブログでは実在したという前提で進めていますが)。
赫居世は紀元前57年~5年に存命した新羅国(斯蘆国)の初代王とされます。孝霊帝は実在したとしても2~3世紀頃なので時代は合いません。
「出石文化圏にほぼ一致する銅鐸」が「朝鮮出土の小鈴鐸」と酷似し、「秦の扁鐘」に近いということについては、私自身の知見不足により分かりかねます。「小鈴鐸」とは「銅鈴」のことかと思われます。
◎製鉄部族コン氏
「天日槍系の祭祀は、或いは兵主神と結びついているのではなかろうかと思われるふしもある」としています。
兵主神は中国由来の神。西日本に多く鎮座していますが、いずれも天日槍神とは関わりが強いことから、当ブログでは習合されたものとみなして進めています。
今回は長くなったのでこの辺で。
次回も天日槍神が続きます。

