糸井神社


大和国城下郡
奈良県磯城郡川西町結崎68
(境内に駐車可)

■延喜式神名帳
糸井神社 靫 の比定社

■旧社格
村社

■祭神
本殿 豊鋤入姫命
二ノ宮 猿田彦命
三ノ宮 綾羽明神
四ノ宮 呉羽明神


大和盆地のほぼ真ん中、「寺川」沿いに鎮座する社。西方わずか600~700mにも式内社 比賣久波神社が鎮座、また隣接して島の山古墳が築造。この3箇所がそれぞれ密接な関連を持つ史跡かと思われます。
◎ご祭神にみえる綾羽明神と呉羽明神から、また社名から、機織にまつわる神社であることが伺えます。さらに「桑の葉」を御神体とする比賣久波神社とも関連します。
◎綾羽明神・呉羽明神は紀の雄略天皇十四年の条に「身狭村主青(ムサノスグリアオ)と檜隈民使博徳(ヒノクマノタミノツカイハカトコ)が呉の使いとともに帰国、呉王が献じた漢職(アヤハトリ)・呉職(クレハトリ)・衣縫(きぬぬい)の兄媛(エヒメ)・弟媛(オトヒメ)を率いて住吉津に泊まった」に記される四媛のうちの二媛のことかと思われます。
◎「大和志料」には「本殿豊鋤入姫命 同二ノ宮猿田彦命 三ノ宮綾羽明神 四ノ宮呉羽明神」とあり、現在のご祭神はこれを受けてのものかと。
◎一方、紀の應神天皇二年の条に「桜井(東大阪市新池島町辺り)田部連之祖 嶋垂根(シマノタルネ)之女 糸媛に娶して生ませる子 速聡別命速聡別命(ハヤブサワケノミコト)」とあります。ご祭神には見えないこの糸井比売こそが、当社の本来のご祭神であると。
◎この糸井比売アメノヒボコ神の血を引いており新羅系。「新撰姓氏録」には「大和国 諸蕃 新羅 糸井造 三宅連同祖 新羅国人天日槍命之後也」とあります。おそらくは糸井比売が、綾羽・呉羽明神を奉斎する工人 糸井造を率いて神服を織っていたのではないかと思います。
◎そうすると主祭神の豊鋤入姫命は、本来は糸井比売であったはずがいつしか入れ替わってしまったものかと考えられます。そして島の山古墳に眠るのは糸井比売であろうと考えます。
島の山古墳から出土した夥しい量の呪術用装飾品から、司祭者であったのではないかとされ、その祭祀の対象が「桑の葉」であり、比賣久波神社であったかと考えています。

*写真は過去数年に渡る参拝時のものが混在しています。