不妊治療は少子化を救えるのか ― 100万人マイクロシミュレーションの衝撃的結論 ― | 両角 和人(生殖医療専門医)のブログ

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不妊治療の進歩と普及により、ART出生は年々増加しています。では、医療的生殖補助(MAR)は、晩産化による出生数減少を補えるのでしょうか。

この問いに対し、Granholmらはオランダ1974–1984年出生女性を対象に、100万人規模のマイクロシミュレーションモデルを構築し、極めて精緻に検討しました。本研究は単なる統計比較ではなく、個々の女性のライフコースを月単位で再現するMonte Carloシミュレーションを用いています。

モデルの構造
論文の方法論部分では、女性が15歳から55歳までの間に経験する
・同居パートナー形成
・避妊
・自然妊娠
・不妊診断
・IUI
・IVF/ICSI/FET
・流産
・多胎
といったイベントを確率分布に基づき反復計算しています。シミュレーション回数は100万回で、誤差は±0.001と報告されています。
この精度の高さが本研究の強みです。

図1が示す政策レバーの限界
Figure 1(p.5)は、本論文の核心です。

横軸に政策変更(MAR受診率、治療開始年齢上限、待機期間、治療回数など)、縦軸に完成コホート出生数(CCF)が示されています。
最も大きな影響を与えたのは「治療を受ける女性割合」を0%から100%にした場合で、それでも増加は0.06人分の子どもに過ぎません。
IVF/ICSI回数を6回まで増やしても増加は約0.05人で、4回以降はほぼ頭打ちになります。
一方、治療開始を1ヶ月から12ヶ月遅らせると、CCFは約0.02減少します。
つまり、待たせることは確実にマイナス、増やしても増加はごくわずかという結果です。

図2が示す年齢の壁
Figure 2(p.6)はさらに重要です。

治療開始年齢を20歳、25歳、30歳、35歳、40歳に設定した場合のCCF変化が示されています。
20〜30歳ではMARの効果はほぼ同等ですが、35歳以降で明確に減弱し、40歳ではさらに低下します。
著者らはその理由として、
・MAR妊娠率の年齢低下
・子宮内胎児死亡率の上昇
・自然妊娠試行期間の消耗
を挙げています。
ここが本研究の最も臨床的メッセージ性の強い部分です。
 

理想条件でも補えない
著者らはさらに、理想条件を設定しました。
・治療受診率100%
・治療年齢上限なし
それでも、平均初産年齢を1年、3年、5年遅らせると、CCFはそれぞれ0.02、0.08、0.16減少しました。
MARはその減少を補えませんでした。
この結果は、晩産化の影響がMARの補完能力を上回ることを示しています。

見かけの貢献と実際の貢献の違い
Table 1(p.7)は非常に示唆的です。
観察上のMAR出生割合は3.7%(0.064人)ですが、自然妊娠のカウンターファクトを考慮した「純粋な貢献」は0.043人(2.5%)でした。
つまり、MAR出生の約3分の1は「自然妊娠でも起こり得た出生」である可能性があるという計算です。
著者らは、MAR出生割合をそのまま人口増加効果として解釈するのは過大評価につながると警告しています。

結論
本研究の結論は明確です。
医療的生殖補助は重要な治療であるが、晩産化によるコホート出生数減少を補うことはできない。
治療回数を増やしても、年齢が高くなれば妊娠率は低下する。理想条件でも補完効果は限定的である。
不妊治療は個人の希望を支える医療であり、社会全体の少子化対策の万能薬ではないという現実を、データで示した研究です。

Granholm R, Cantineau AEP, Hoek A, Stulp G.
Microsimulation reveals that medically assisted reproduction is unlikely to compensate for cohort fertility decline due to increasing maternal ages.
Human Reproduction. 2026.

 

この論文が伝えたいのは、不妊治療が進歩しても、晩産化による出生数の減少を社会全体として補うことは難しいという点です。100万人規模のシミュレーションを行った結果、治療を受ける人を増やしたり、治療回数を増やしたりしても、出生数の増加はごくわずかにとどまりました。特に35歳以降では自然妊娠だけでなく治療による妊娠率も低下するため、医療だけで晩産化の影響を埋めることはできないという結論です。不妊治療は個人にとって大切な医療ですが、少子化対策の決定打にはならないという現実を示しています。