自撮り棒ってのが大流行です。スマホで自撮りする時のアレです。タレントのブロガーさんなんか最近みんな使ってるし、確かに撮りやすくなったです。
しかし、カメラって撮る角度より照明のやり方次第なんですよね。かなりバカっぽい監督でも、かなり腕のいい撮影監督をがっちり押さえておく。すると結構巨匠として長いこと持ち上げられていられる。ベルナルド・ベルトルッチ。「暗殺のオペラ」「ラストタンゴインパリ」「ラストエンペラー」、ラストがつく映画2つも作ってるところがとてもバカっぽいんですけど、この人はおそらく20世紀最高のカメラマン、ヴィットリオ・ストラーロをがっちりと押さえていて上手に使った。腕の良いカメラマンなり撮影監督を押さえとけば映画作りは半分勝ったも同然です。
監督本人が撮影監督同然だった人。オーソン・ウェルズと黒澤明さんでしょうね。市川崑さんもこの範疇でしょ。お3方とも絵が大変上手。というより黒沢監督と市川監督は画家同然だった。だからライティングの重要さは誰よりもわかっていた。
オーソン・ウェルズ。「マクベス」。小さい頃テレビで見てめちゃくちゃ怖かったです。自分の中では今でもホラー。「市民ケーン」でも、片方だけから、それもたいてい斜めやや上から強いライトをドカーンとあてる。周辺に鏡置いたりそのような間接光ほとんど使わない。あくまで光、照明は一方から圧倒的に。徹底してます。ウェルズの場合はそれで長い影を作ってそれにまた語らせた。それが何を語っているかが難解で敬遠されがち。
オーソン・ウェルズのマクベス、黒澤明監督は確実に意識していたはずです。それは黒澤明版マクベスである「蜘蛛巣城」見ればわかります。ただ黒沢さんはオーソン・ウェルズが使ったワンサイドからの圧倒的な照明をアクションを際立たせるために使っている。それが見る者に光と運動の共感覚を与え、言語や国境を越えた共感を与えた。オーソン・ウェルズにはそれが欠けていた。映像表現はやや頭でっかち。アクションを光で補強してみせる黒沢流表現にはかなわなかった・・。
ワンサイドから圧倒的に強い光を、人間の顔にあてて光と影で顔を強調する。レンブラントが始めた技法です。このような光の当て方をレンブラントライトと言い、人間の顔の精神性の表現に適したものとされます。これはさらに研究されていて、光をやや斜め上から、・・・そして頭の斜め上方に空間を作る構図にする・・・・。自撮り棒でやってみてくださいね。・・・するとするとあら不思議・・!!どんなに頭の悪そうな顔でも、どんなに深みのないぺったんこな顔でも、たちまちにして深遠な人間性を高めた偉い人の顔になってしまうんですよ・・・。
写真屋さんはこのことよくわかっています。
だからこの技法は、ある目的に多用されます。
中身は全然ないけど、立派に見せなきゃならない人。
そう皆さんおなじみの・・・政治家のポートレート。
スマホですぐ実験できますよ。それを心得て撮影すればバカでもイ力でもタコでも、立派な顔に写るんです。