レッド・バトラーとジョージ・S・パットン | おととひの世界

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1970年アメリカ映画。アカデミー賞6部門受賞。「パットン大戦車軍団」。フランクリン・J・シャフナー監督。ジョージ・C・スコット主演。でもって脚本賞受賞がなんとあの、フランシス・フォード・コッポラ。コッポラさん、もともと脚本家なんですよ。「パリは燃えているか?」も脚本はコッポラさんでした。共同執筆はケネディ家のー人、ゴア・ヴィダル。

マーガレット・ミッチェル女史の「風と共に去りぬ」〟あれはある意味非常に画期的な映画でした。もちろん南部の話だけです。南北戦争当時の。焼け落ちるアトランタ。はっきり描かれてましたね。南部ってのは本当に徹底的に負け組で。これが南部男だ!なんてこと表向きに言いにくい空気、80年近く続いてたんですよ。アメリカ社会ではね。しかしレッド・バトラー、ヒーローになった。しかも演じたのはクラーク・ゲーブルです。上手い俳優だとは思えないんだけどやたら絵になる人ではありました。

あの映画40年代の初め。そして第二次世界大戦。数十年ぶりに南部アメリカから、ジョージ・S・パットンという、正真正銘の英雄が現れたわけです。彼はある意味非常に無慈悲な人でした。傷病兵を見舞う時に、逆にたるんどるといってぶん殴り、アメリカ本国、庶民から大統領まで巻き込んだ大騒動になりました。Wikipediaによると、あの時はさすがのアイゼンハワー、彼はパットンの数少ない理解者・親友であり、機甲師団、つまり戦車軍団がこれからの戦を制するという考えを同じくする同志だったのに。アイゼンハワーでさえ一時はさじを投げそうになった。パットンという人それくらいとんがった人でもありました。しかし結局は残し、そのことが後にノルマンディー上陸作戦以降の連合軍を救うことになりました。アルデンヌの戦い。いわゆるバルジ大作戦でほんの1握りのドイツ軍に米英連合軍は踏み潰されそうになったんです。この窮地を救ったのがアイゼンハワーの非常に正確な状況判断能力と、勝てる将軍としてのパットンの真骨頂でした。あの時もしパットンがいなければ、アメリカもイギリスももうー度イギリス本国までも逃げ戻る羽目になったはず。いかにドイツ軍が恐ろしかったか?というーつの例です。ドイツ軍をなぎ倒すたびにパットンは南部男魂をこれでもかと連呼しました。南北戦争敗戦以後80年経って、やっとアメリカ南部人は胸を張って歩けるようになった。この話は本物の南部人から何度も聞いており、レッド・バトラーとジョージ・S・パットンは、かたや架空の人物だけれど、アメリカ南部諸州にとっては待ち望まれたヒーローだったわけです。

西部劇映画「シェーン」のなかで、敵役たちが雇ったジャック・パランス演じる殺し屋に挑発されてあえなく死んでしまう南部の人がいました。彼の弔いでハーモニカでゆっくり演奏される「ディキシー」。南部諸州の国歌みたいなもの。南軍の歌です。それを聞いてアラン・ラッド演じる早撃ちガンマン・シェーンは、再び戦うことを決意する。1度見たら2度と忘れられない、感動的なシーンでした。