ノーベル賞作家ハン・ガン『菜食主義者』が暴く心の境界線
2024年ノーベル文学賞を
受賞した韓国の作家、
ハン・ガンの代表作『菜食主義者』に
心のいちばん深いところを
ぐらりと揺さぶられました。
読み終えた瞬間、
最初にこぼれた本音は
「……気持ち、わるっ」。
なのに
気づけば指はスマホ画面をなぞり、
彼女の他の作品を検索している。
良い作家には
毒にも似た
中毒性があるようです。
強烈な違和感で胸がざらつくのに、
それでも離れられないような引力がある。
それはきっと、
登場人物たちのなかに
自分でも見たくなかった
“自分のかけら”見つけてしまうから。
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『菜食主義者』のあらすじ平凡な主婦の静かな反乱
物語は、
三つの連作短編からなります。
主人公ヨンヘは、
ごく普通の主婦。
ある夜、
血なまぐさい夢を見たことをきっかけに
突然いっさいの動物性食品を拒絶します。
冷蔵庫の高級なウナギも肉も、
徹底的に捨てる。
やがて
夫の毛穴から肉の匂いがすると言って
夫婦生活を避けるように。

物語は、
困惑する夫、
彼女の肉体に執着する芸術家の義兄、
そして
すべてを見届ける姉へと
視点を変えながら進みます。
父親から「肉を食べろ」と殴られて
無理やり口にねじ込まれ
ヨンヘは
ついに一線を超えてしまいます。
果物ナイフで自分の手首を傷つけ、
精神病院へ。
やがて彼女は
「私は植物になる」
と願うようになるのです。
それは彼女なりの
暴力への抵抗
なのでしょうが
その姿はあまりにも極端で痛ましく、
また
恐ろしいほど純粋。
ベジタリアンの話では終わらない話
実は私にも、学生時代、
突然動物性食品を
受け付けなくなった時期がありました。
「どうして?」と問われても、
美容のため、健康のため、環境のため…
どれも正しいようで、どれもしっくりこない。
そうだと言葉にした瞬間、
嘘っぽくなるのです。
マクロビオティック、ヴィーガン、ローフード。
10年以上めぐって、
今は穏やかな”雑食”へ。
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だから
殴ってまで無理やり娘に
肉を食べさせる父親の姿に、
ぞっとしました。
そこにあるのは
食事の問題を超えた
「普通」の強制という暴力。
家族という名の支配構造家父長的な社会
ヨンヘの父は、
ベトナム戦争に参戦し
武功勲章を誇りとする人物。
「おれがベトナムでベトコン七人を…」
から始まる話を武勇伝とする
声が大きくて支配的な男性です。
「父の言うことは絶対」
というマッチョな家庭で
ヨンヘは18歳になるまで
父親にふくらはぎを叩かれ
体罰されて育ちました。
そんな家父長的な世界で
静かに少しずつ
壊れていく登場人物たち…
その構造は極端でも、
どこか遠い国の話とも
言い切れません。
日本の家父長的な社会を描いた
柚木麻子さんの『BUTTER』が
欧米で高く評価されたように
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アジアの家族観や抑圧は、
今、世界が注目するテーマです。
私たちは思っている以上に
“文化”という大きな空気を吸い込み、
それに気づかず
生きているのかもしれません。
精神病患者、健常者と言い切れない心はグラデーションでできている
アメリカで心理学を学んでいた頃、
こんなことを教わりました。
精神の健康と病は
白と黒に分かれる
カテゴリー分類ではなく、
正規分布のような
強弱のグラデーションだ、と。
当時は、
怖っと思ったのですが
作中ではヨンヘだけでなく、
夫も義兄も姉も父も母も、
強弱の差こそあれ、
それぞれが壊れている。
たとえば
3作目の短編の語り手、
一番まともに見えるヨンヘのお姉さんも
彼女の息子が
正常な自分を
日常につないでいる細いひも。
彼がいなくて
自分もヨンヘのように狂ってしまえたら
どんなに楽で自由になれるだろう…
そんなふうに感じていて
〝まとも”に見えても
ギリギリ寸前なことが明かされます。
私たちも
濃淡の違いだけで、
そんな「剥き出しの心」を
内側に抱えているのでは。
そんなふうに突きつけられます。
読書が突きつける、自分という存在
良い作品は、
「面白かった」と
作品と自分を切り離して終われません。
読む前よりも、
少し自分のことがわかってしまう。
年齢を重ねるほど、
弱さやずるさなど
心の中に封印された闇を抱え込む
自分の一面も
認められるようにもなる。
良い本って
読むたびに「こんな話だったのか」
と発見がありませんか?
それはきっと
経験を重ねて自分を知るほど、
"自分のかけら"が
見える箇所が増えるから
と思います。
本来、
誰の心にもある闇を
認められないから
生きづらくなるんじゃないかな。
ハン・ガンの筆致は
私たちの中のどろりとした感情を、
繊細な筆で
丁寧にすくい上げてくれます。
そして
問いかける。
私たちは何を食べ、
何を消費し、
何と同化して生きているのか。
『菜食主義者』は自分を知れる衝撃作
「ただのベジタリアン(菜食主義者)の話」
だと思って手に取ると、
きっと私のようにやけどをします。
読み終えたあとの”気持ち悪さ”は、
自分の奥底をのぞいてしまったときの
否定したい気持ちや
嫌悪感に似ているのかもしれません。
自己投影ですね。
けれど、
その熱は
心を温めるためにも必要。
いろんな想いや体験を
発掘してくれる作品でした。
自分の中のグラデーションを
確かめたくなったとき。
「普通」という言葉に
少し息苦しくなったとき。
ぜひ、ページをめくってみてください。
読書とは、ときに
自分をやさしく裏切る行為なのですから。
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最後までお読みいただき
とってもありがとうございました🙏
《いまここ》でした❤️
もぜひ遊びに来てください☺️
※すべて2026年3月5日執筆時の情報です。









