信じる食事、人間関係の正解を求めて…マクロビオティックから通常食へ食遍歴
玄米ご飯に、
セイタンの唐揚げやファラフェル。
季節野菜と豆腐の味噌汁。
かつての私の食卓は、
修行僧のようにすがすがしく、
そしてどこか、
少し張りつめてもいました。
きっかけは
PMS(月経前症候群)という
身体からの反乱。
また当時生活が変わって
一年で12キロ(!!)
太ってしまったこともあり…
わらにもすがる思いで
マクロビオティックの門を叩きました。
「身土不二」
「一物全体」
その土地の旬を、
皮ごと根っこごといただく。
その教えは、
都会の砂漠で乾ききっていた私の心に、
じわり、と滋味深く染み渡りました。
そして不思議なことに、
あれほど苦しかった痛みは、
するりと消えていったのです。
やがて体重も
しっかり食べていても
きちんと減っていき…
マクロビオティックでいう
陰性の食事に偏り
体が冷え切っていたことが
原因だったよう。
すると人間、現金なもので。
「これこそ真理では?」と、
少々、鼻息も荒くなります。
お肉は避ける。
甘味料は、
メープルシロップと甜菜糖のみ。
陰陽のバランスに
一喜一憂する日々です。
マクロビから、ヴィーガン、
ローフードなど
10年以上続けたと思います。
ところが
ある夜の出来事で
ふと気づいたんです。
ひょっとして私
「正しさ」という、
サイズの合わない上着を
羽織っているんじゃないか、と。
健康でオープンになるつもりが食事制限と人間関係の微妙な距離
お世話になった方の送別会。
「どのお店がいいですか?」と
訊かれた主役の方が、
私を気遣って
「〇〇さんが食べられるお店なら、
どこでもいいよ」
とおっしゃったんです。
その言葉は優しかった。
だからこそ、
胸の奥がちくりと痛みました。
祝われるべき主役が、
私の”正しさ”に遠慮している。
健康になって
みんなと幸せに過ごすために始めた食事が、
いつの間にか、
大切な人との間に
透明な、
でも確かな壁をつくってはいないか。
オープンになる(境界がない)はずが、
閉鎖的になってしまっている...
当時抱いた違和感の正体が、
角田光代さんの『方舟を燃やす』
に言語化されていました。
昭和から令和(コロナ禍)を舞台に、
オカルトや健康情報、
フェイクニュースなど
「信じるもの」に振り回されながら
生きる男女2人の人生を描いた
第59回吉川英治文学賞受賞作。
楽天
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そこで
本書を読みながら思うことがあり
私の食遍歴を
振り返ってみました。
⏬詳しく書いています❤️
角田光代『方舟を燃やす』描かれる「正しさ」や信念の光と影
主人公のひとり
不三子は、
(物語では彼女の
20代から60代までが描かれています)
家族を思う一心で、
健康情報や自然療法にのめり込みます。
それは母の、まっすぐな祈り。
でも「良かれと思って」という純粋な熱は、
ときに子どもを遠ざける。
その姿が、
かつての自分と重なったのです。
友だちの家で
普段禁じられているお菓子を
盗み食いしていた不三子の娘。
そこで自作のお菓子を持たせるが
友だちたちに「まずい」「茶色い」
と不評で、家にも招かれなくなる。
そのエピソードを読んで、
思わず
いつも焼きっぱなしの
オートミールクッキーを
型抜きしてみました。
オートミールをブレンダーにかけ、
メープルシロップと
米油に
ベーキングパウダーを混ぜて焼くだけ。
グルテンフリーで繊維もたっぷり❤️
ダイジェスティブクッキーのように
滋味深くておいしいんだけど
やはりカタチは不格好だし
甘さは控えめ
チョコやマック好きな子には
不評だろうなぁー(笑)
この認識も
忘れないようにしています。
信じることは救いになる。
けれど
自分の正しさに固執しすぎて
客観視できず
相手の世界を認められなくなると
”排除”や”断絶”という副作用をもつから
ヴィーガン、マクロビ、そして派閥
アメリカで暮らした頃、
ストイックな信念を貫く食事や
子どもへの教育を選ぶ知人たちがいました。
わたし自身
ヴィーガンやマクロビオティック、
ローフード生活をするようになって
彼らの料理は驚くほどおいしく、
神々しいほど丁寧。
とても救われました。
ある日持参した手土産に、
やんわりと拒絶の言葉が返ります。
(このお店はマクロビでも
◎◎先生の教えだから…)
「だって、◎◎先生の奥さまは
癌で亡くなられたでしょ」
と。
え
びっくりしました。
同じマクロビの中にも
派閥のようなものがあり、
良かれと思ったことが
不正解になる場合もあるんだ。
むずっ😂
と
正直思いました💦
また
食の思想とともに
シュタイナー教育を選ぶ家庭も多かったです。
そのため
学校がある場所に引っ越した
という方もいらっしゃいました。
シュタイナー教育といえば
斎藤工さんのように
クリエイティブな世界で
活躍される方も多いですよね。
一方で
親の信念から逃れるように
離婚後に
現代的な欧米食や
一般教育を選ぶ親のほうを選択し
彼らから逃げるように
去っていく子どもたちも見たんです。
不三子と子どもとの関係性と
重なります。
キャラクタープリントの靴下が履きたかった子どもの頃
私の平凡な幼少期にも
こんなことがありました。
シンプルなものを好んだ母は、
グレーや白の
清潔な服を着せてくれました。
今は
その美しさがわかりますし
現在の私の好みは、
母にも似ています。
でも当時の私は
隣の席の子の
派手なキャラクタープリントの靴下や
ひらひらしたピンクのフリルに
胸を焦がしていた。
全然似合わないと
今はわかるけど、
あれが
着たくてたまらなかったったんです。
納豆のカラシが偶然ハート型に☺️
ある日、
幼稚園の水泳の時間。
他の子が私の下着を履いてしまったようで
あとにキャラクター付きの
パンツが残されていました。
汚れたものですが(苦笑)
「履ける!」
と胸が高鳴った、あの瞬間。
すると先生が気づいてくれて
「新しい下着を持ってきてあげるね」
と、小さなリボンがついた
無地のパンツが渡されたのでした。
そこで、
すごくがっかりした
そんなことを思い出しました。
信念は、美しい。
けれど強すぎると
子どもから、選ぶ自由を奪ってしまう。
友だち同士の交流が生まれた時点で、
子どもにも付き合いがありますから。
あんまり違うと、
なかなかとけこめなかったりして。
そこで
自分が信じるものを守りながら
子どもの世界も大切にして守る。
その微妙なバランスが
なんと難しいことか。
改めて自分の親や
子育てをされている(されてきた)
すべて親の皆さんに頭が下がる思いです。
方舟を燃やすというタイトルの意味
『方舟を燃やす』というタイトルは、
救済だと信じ、
しがみついていたものを
自ら燃やして灰にする、
という決別を意味します。
それは破滅ではないんですよね。
他人が用意した
「こうすれば幸せ」という物語から
いったん降りてみて
自分の足で立ち、
自分の頭で考えること。
再生への第一歩。
もちろん
もう一度考えた結果、
その物語を信じる
という選択もあります。
あるいは、
その物語と別の物語を組み合わせ、
アレンジしたり。
玄米菜食も、
卵も、明太子もあるお弁当
マクロビヴィーガンから通常食へ今の私のしあわせな食卓
今の私は
何でも食べる”雑食”に戻りました。
でも
マクロビオティックの考え方も
参考にしていて、
玄米も食べるし、
雑穀米もよく炊きます。
このビューティーブレンド
食べ応えがあっておすすめです❣️
15品目をバランスよく配合
でも友人と外食すれば
「おいしいね」と
お肉も笑ってほおばるし
真っ白なご飯や
お寿司も楽しんでいます。
おいしかった大阪寿司
信じることは、力になる。
けれどその信念が
誰かを排除していないか。
自分を縛って
視野が狭くなっていないか。
ときどき、
自分の「方舟」を点検して
もし重たすぎたら、
そっと燃やしてしまってもいい。
そして焼け跡に残る地面を、
お気に入りの靴で歩けばいい。
信じるけど疑いもする勇気
信じることも、疑うことも、
どちらも人生の栄養なのかもしれません。
私は「これがいい」と思ったら
猪突猛進になるところもあるから
自戒も込めてつづってみました。
干すと旨みが増す
野菜やきのこが主役の
豆乳のスープには、
かつて使わなかったハムも。
完璧な食事も、
完璧な人間関係も、
きっと存在しない。
だから今夜も、
あまり難しく考えすぎず
湯気の向こうで
大切な人と笑い合える食卓を
用意しようと思います。
無縁だった2人の人生がコロナ禍前夜、
こども食堂で交差する。
ノストラダムスの大予言、都市伝説、
カルト宗教、SNSのデマ……。
不安な時代に、自分を支える「方舟」を必死に求め、
それを燃やす(失う)ことになっても
前へ進む人間の姿を描く長編物語。
最後までお読みいただき
とってもありがとうございました✨
《いまここ》でした❤️
もぜひ遊びに来てください☺️
※すべて2026年2月20日執筆時の情報です。



























