7/28 四日目
4:30に出発の準備をして外を見たら、強風と大雨の大荒れの天気でした。
雨が降っているのはわかっていましたが、実際に目にするまでは、これほどとは思いませんでした。
少し様子を見ることにして小屋の入り口のテーブルで待機していました。
けれど、その降り方は収まる様子は全くみられませんでした。
四日目の行程は烏帽子岳山頂往復も含めると8時間10分。
烏帽子岳を省いても7時間35分。
そして、何よりの不安材料が24日に船窪岳付近で起きた遭難でした。
ツアーで縦走していた方が滑落されてお亡くなりになりました。
今日の行程は烏帽子小屋から不動岳~船窪岳~船窪小屋です。
このコースは今回の行程の中で一番緊張を強いられるルートです。
崩落が激しく、場所に寄っては50cmにも満たないナイフリッジの通過があります。
大雨で地盤が緩んでいる恐れもあります。この強風雨で煽られることも心配されました。
それに伴い、船窪から来たグループの女性たちが全員「怖かった!」と言った言葉に同行者は少なからず不安に感じたようです。
今日は停滞と決めた頃、高瀬ダムから30分ほど歩いたところにかかっている濁沢の丸木橋が流されたという情報が小屋にもたらされました。
7時頃にブナ立尾根を下山する為に出発しようとしていたご夫婦が(水晶小屋からの二人組)危ういところで止められました。
「丸木橋が流されたので降りても渡れない。またここに登り返して来なければならなくなる」
土石流が来ることも考えられるので直に渡ることは危険とのことでした。
三俣目指した6人ほどのグループは出発して行きました。ダメだったら野口五郎小屋に泊まるということでした。
前日に船窪から来たグループが多数いましたが、高瀬に降りる予定だったので全員停滞です。
この日は三俣までの予定の女性グループも含めて30人ほど?が停滞でした。(確かな人数は忘れました)
10:20頃には野口五郎小屋から来たグループが到着。
丸木橋が流された情報が野口五郎小屋に届く前に出発して来たグループでした。
彼らも停滞組になりました。
このグループ以外には到着した登山者はいませんでした。
そして、この日は唐松岳で風に煽られて滑落死された方がいらっしゃたのでした。
ランチです。
高瀬ダムに降りようとされていたご夫婦のご主人がお話し好きで食堂で誘われて一緒にコーヒーブレイク
(さて、私のブログにたどり着かれたでしょうか?)
その日は殆どお喋りで時間が過ぎました。
退屈しのぎになったしコーヒーを2杯もおごっていただきました。ごちそうさまでしたm(u_u)m
お話も面白かったです\(^_^)/ 素敵なご夫婦でした。
とても寒かったので持参したアルファ米と小屋で買ったカップラーメンを食べました
でも、何より気になっていたのが、五日目に針ノ木から合流を約束していたブログ友さんのことでした。
ここで停滞したら予定の日に会えないのです。
メールは100m離れたヘリポートまで行かないとつながりません。
この天気ではそこへ行ってもつながらない可能性の方が高いと思いました。
前日にそこで受信できたのに、送信はいくらやってもダメでした。
ブログ友さんが帰宅される時間を見計らって小屋の衛星電話をお借りして連絡しようと思っていました。
そしたら思いがけずその方から小屋に電話を戴いたのです![]()
そして、コースを変えて船窪に上がって来てくださると言う事でした。
お心遣いに大感謝でした!m(_ _ )m
烏帽子小屋2日目の夕食
しかし…
7/29 五日目
朝、目が覚めた時は外は静かでした。
やはり4時起床。
再び4時半に出発しようと準備をして小屋の出入り口に向かいました。
見ると、外は昨日と変わらず風雨が強い状態でした。
濁沢の丸木橋がいつかかるか、停滞組の登山者は連絡をひたすら待っている状態でした。
同じ日に烏帽子小屋に滞在していたパトロールの方が、船窪に向おうとしていた私たちに
「昨日、強風に煽られて滑落して亡くなった登山者がいるので船窪行きを勧められない」
と、言う事でした。
船窪方面は普通の縦走路ではないからです。長野県側は花崗岩の崩壊がひどく、数日降り続いていることもあって地盤が緩んでいることも考えられました。この強風と雨の中では滑落の危険が大いにありました。
それを押してまで船窪に向かう気はしませんでした。同行の友達も無事に帰宅させなければならないと思いました。
そんな中、二人組の男性が船窪に向かいました。一緒に行きたいなって思いましたが、それは相手に迷惑をかけるのでやめておきました。
もう一日停滞です。
気温11.5℃
9時頃だったか、下から連絡があって13:30頃に丸木橋がかけられることになったと言う事でした。
その連絡を待っていた登山者は一斉に身支度をして下山して行きました。
パトロールの方と小屋の方とで、下山する登山者のチェックが行われました。
みんなが下山した最後にパトロールの方が万が一のことを考慮してロープなどを持って下りて行きました。
この方は私たちが野口五郎岳から烏帽子小屋に向って歩いている時に長靴で追い抜いて行かれた方でした。
腰のところにパトロールの腕章をぶら下げていました。あっという間に風のように歩いて行ってしまいましたぁ^^;
はや~~~~~っ!!って、感じでしたよ。
後に残ったのは、三俣へ向かう予定の4人組の女性グループと高瀬に下山予定の9人組のグループと私達だけでした。
9人組はそのうちのお一人が到着した日から(27日)具合が悪くなって寝込んでしまったのです。
↓ 殆どの登山者が下山してひっそりとしてしまった烏帽子小屋の玄関口。
この後再び、合流予定のブログ友さんと連絡を取り合い、30日はどちらにしても船窪に上がり、私たちが到着できなければ、船窪に2泊してくださるという案をいただきました。
ただただ、感謝の気持ちでいっぱいでした。
荒天に左右される高山の縦走の弱みを嫌というほど味わった今回の北アルプス行でした。
ブログ友さんにはたくさんお気遣いをいただき、また多大なご心配をおかけしましたm(_ _ )m
感謝の気持ちでいっぱいです。
そして…「行方不明な親」という記事を書いた娘に、「親は烏帽子小屋にて停滞」と連絡を取ってくださいまして本当にありがとうございました。
烏帽子小屋からは携帯が繋がらず、娘にも連絡がつきませんでした(*゚.゚)ゞ
この日は一日、「岳」を読んで過ごしました。
六日目に続きます。
長い記事を最後までお読みいただきまして感謝ですm(_ _ )m



