28歳で結婚して少し経った頃
【内側へ】という言葉が浮かんだ
子供の頃から読書好きで色々と考察し思考するのを哲学すると呼び趣味として楽しんでいたが
自分が外側ばかり向いている自覚は無かった
でも
【内側へ】が自分の思考の軸になると
自分が常に外側を向いていたことに気づいた
親
姉
親戚
ご近所さん
友達
先生
同僚
上司
部下
社長
取引相手
社員
旦那
旦那の家族
旦那の友達
思考のベクトルが外側に向いていたので当然
行動は
外側(他人)に褒めてもらえるかどうかだったとわかった
【内側へ】がキーワードになってからの大きな変化は
起業
出産
そして うつ病から躁鬱
自分としか向き合えない罪悪感と
誰にも褒めてもらえない日々が私を苦しめたが
どん底に落ちた何度目かに【内側へ】を思い出した
ちょうどその頃
映画『君の名は』が上映された
最初に映画館で観た時に
靴下をくるんと裏返すように
自分の内側と外側が入れ替わったような感覚に襲われた
初めての感覚にモヤモヤして
自分の中でその感覚の意味を言語化したくて
映画館でトータル3回観たが
言語化出来たような、なんか違うような日々を過ごしていた
井戸の底で膝を抱えているように感じ
自力で浮上することは出来ないと諦めて
明ける日が来るのをただただ待つしかないんだと納得してからは
どん底に座って
差し込む光の模様の美しさに気づいたり
周りの土や石・コケ・小さな虫たちまでもが
命を持っていると改めて知った気がしていた
そうして
躁鬱を繰り返しているうちに
内側を掘り進めると外側に着くような気分になった
私は他人と繋がっている
私は何も生産的なことが出来なくても社会の一部として価値がある
そして
自分の内側は宇宙と繋がっている
これが
あの日『君の名は』を見た時のクルリと裏表がひっくり返った感じの言語化だと完全に納得した
それからは
他人の喜びは自分を幸せな気持ちの温度を上げてくれるし
誰かの悲しみは自分の心の痛みとなった
道が歩きやすく整っているだけで誰かの力を感じるし
庭に勝手に生える草花も私を楽しませてくれる有り難い存在だ
そんなふうに周りの全てが私を楽しく生かしてくれるように感じるので
直接的に私に関わってくれる存在にはとりわけ感謝が溢れる
特に旦那が毎日、食事の支度をしてくれることは本当に大・大・大感謝で
その食卓に並ぶ食材を作り・運び・売ってくれるシステムと関わる人々に想いを馳せ、手を合わせる日々を過ごしている
前回のブログの左肩甲骨の痛みが完全に消えるまで3ヶ月かかった
その間にやったことは
腕・手のひら・耳をさする
肩甲骨を温める
痛い所にせんねん灸をすてもらう
とにかく
真上を向いて寝ている状態以外は痛かったので
食事・入浴・トイレ以外はベッドで真上を向いて過ごしていた
もしも私が仕事をしていたら
痛み止めの薬を飲んだだろうな
もしも私がうつ病を経験してなかったら
直してくれそうな場所を探していただろうな
そんなこと思いながら
ただ、日にち薬に頼っていた
自傷行為のように体を大切にしなかった期間は3ヶ月だったので
治るにはその倍の時間はかかるかもなと覚悟していたから
予想よりは早く痛みは消えてくれたことになる
例年ゴールデンウイークからサーフィンをするが
今年は始めるとしたら6月6日以降だなと考えていた
その理由は
6月4日に徳島県の剣山に一泊で登山の予約を入れていて
それが新しい始まりになる予感があったからだ
痛みが完全に消えていなくても
行ける確信があったが
痛みの無い状態で行けてラッキーだった
ありがたいことに
天候に恵まれて
素晴らしい登山が出来た
感動というには言葉足らずな圧倒的な心と身体への体験だった
なんだかよくわからないけど
細胞の中の何かが覚醒した気もする
すべてに感謝
むげんのむげんのありがとうございます


