このブログのタイトルでもある「気づき続ける」が私が辿り着いた生き方の真理
だから「気づき」があると、また宝物を見つけた!と大喜びしている
10歳の頃から読書に夢中になって、そのうち新聞やチラシ、雑誌、回覧板・・・とにかく身の回りにある活字を貪るように読んだ
うつ病で本が読めなくなる40歳頃までジャンルを問わずに読んで読んで読みまくった
それほど夢中になった理由を言語化してみると
小学四年生のある朝、私にとって物心ついて初の大事件があって、『この気持ちは何なんだ?・これはどういう事なんだ?』と自分の中から湧いてくる疑問の答えを知りたくて、本の中に探し求めていたんだと思う
そして、ピンと来る言葉を見つけると
『そうか!わかった!』と喜ぶけど、しばらくすると・・・あれ?わかったと思ってたけど『わかってなかった』と気づくことの繰り返しで還暦を迎えた
ちょうど、『うつ病が治った!』と喜んでいたら、また堕ちて『躁転しただけだった』を繰り返して来たこの20年に似ている
そして、
昨日また「よし、今度こそわかったぞ!」と一旦、大喜びしたけど、すぐに『これも気づきのひとつでしかない』と冷静になった出来事をジャーナリングした
その時の感覚が今までのジャーナリングと違ったので、書き残そうと思う
今年に入ってから今までの躁転と違うところがある
コツコツ毎日同じことを繰り返すのが大の苦手だったはずの私が、ルーティンを楽しくこなせるようになった
パソコンのカレンダーに登録したタスクが終わったらチェックすることが嬉しくて楽しい
なんならチャックするためにタスクをこなしている感じすらある
ジャーナリングは毎日のタスクリストの一番上にある
元々、私の人生において書くことは読書が趣味になるよりも先にスタートしていた
出来事や気持ちを話すよりも書くほうが好きな私に、ある日、突然!母が美しい緑色の表紙のノートをプレゼントしてくれた事があった
すごく嬉しかった・・・そのノートは母との一番大切な愛の記憶だ
2024年7月11日でジャーナリングを続けて166日目になった
これは自分は三日坊主だと思い込んでいた私にとってすごい変化で
本当にやりたいことは三日坊主にならないことの証明だとも感じた
166日目・・・ちょっと不思議な体験だった
深夜一時過ぎに目が覚めてジャーナリングを始めると、スラスラとペンが走る、頭の中に言葉が浮かぶスピードと書くスピードがピッタリ一致していて心地よく淡々と書き進めることが出来た
それまでも沢山書きたいことがあって書いたことはあるが
そういう時はいつも言葉が浮かぶスピードよりも書くスピードが遅くてイライラしながら後から読めない書きなぐった字になっていた
ジャーナリングは、書くこと(吐き出すこと)に意味があるからそれでも問題ないと思って気にもしていなかった
でも今回は 読み返せる状態だった
一文字一文字を丁寧に書けたし、忘れてしまった漢字は調べて書いた
早く書かないと書きたいことがどこかに消えてしまうような焦りが全く無かった
こんな体験は初めてで、なんとも言えない静かな高揚感、ゾーンに入ったという感覚の時間だったし、実際、読み返しても事象の描写が正しい時系列できちんと書かれていた
ブログを書く為にキーボードを打つこととは全く違う感覚
好きなノートとお気に入りのペンで書くジャーナリングは楽しいルーティンであり、新しい趣味になった
引きこもりでも楽しめる趣味を増やして上質な暇つぶしを楽しみたい私にはめちゃくちゃ嬉しい出来事だった
すべてに感謝
むげんのむげんのありがとうございます


