愛犬や愛猫が体調を崩したとき、私たち飼い主は、ほぼ無条件で動物病院を頼ります。症状を伝え、診断を聞き、治療の提案を受け、「先生の言うとおりにお願いします」と頭を下げる。それが、当たり前の光景だと思っていました。
でも、アラレの死をきっかけに私は気づきました。
私たち飼い主と獣医師のあいだには、大きな「情報の非対称性」があるということ。
人間の医療では、インフォームド・コンセント(十分な説明と合意)が強く求められます。けれど動物医療の現場では、何が標準治療なのか、どういうガイドラインに基づいているのか、あるいは代替案はあるのか、そうした情報がほとんど共有されません。
たとえば、ある検査や処置が必要と言われたとき、それが医学的にどれほど妥当か、比較する指標を私たちは持っていません。飼い主にとっての選択は、事実上従うか、治療を断念するかという二択になりがちです。
私は、愛犬との別れを経て初めて、獣医療の専門論文を読み、複数の獣医師に意見を聞き、はじめてその「差」に気づきました。
命を預ける以上、病院選びはもっと慎重であるべきで、選ぶための判断材料もまた、飼い主側に与えられるべきだと思ったのです。
けれど現実には、病院の評判やクチコミは表層的で、専門性の差異は見えません。医師との相性や丁寧さに頼らざるを得ないのが、私たちの現実です。
これは、命を守るにはあまりに脆弱な前提です。
私は強く願います。
「信頼できる獣医師に出会う」ことが、運まかせではなくなる日がくるように。
そのためには、動物医療の透明性がもっと必要です。
飼い主が選び、考え、問うことができる情報が、社会に広がっていくことを。
小さな命を守るには、正しい知識と、対話できる関係性が不可欠なのです。

