裁判を通して私が見えた制度の限界と、癒えぬ心の痛み。
裁判という制度の中では、医療(獣医療)を良くしたい、二度と同じ過ちを繰り返してほしくないという想いは、「感情」として処理される。
しかし、私は感情で訴えたのではない。根拠に基づき、証拠に支えられた訴えだった。
それでも、制度の中では素人である私と、被告側のプロが並ぶと、法の天秤はもとから傾いていた。
私は知ってしまった。
人間のもろさと、裁判官が民が信じる正義ではなく、制度の論理に忠実に従う存在であることを。
法に仕える者たちが公正より早く手続きの終結を選ぶことを。
制度の中で誰かの命が「処理」されていく現実を。
和解には応じた。でも、心は納得していない。
私の闘いは、そこで終わったのではなく、形を変えて続いている。
アラレを奪われた痛みは消えない。
けれど、その痛みを抱えて生きていく中で、私はひとつの問いを掲げ続けていく。
「命の重みは、誰が決めるのか」
「裁判官は、誰のために判決を書くのか」

