「楽しそう」に見えることより
楽しむことに夢中でいたい。


写真も、仕事も、発信も。




「どう見えるか」を体裁を整えるより、自分がやりたいことをやっていたい。


楽しんだ結果として、楽しさは写真にも表情にも言葉にもにじむ気がする。




楽しいことは好きだけど
⁡「楽しそうに見えなきゃいけない」のは苦手泣き笑い
(パリピでも、ワンナイトカーニバルでもないので。)



テンション上げて、盛り上がらないといけない場では気疲れする。


「楽しそうに見せなきゃ」
「ちゃんと盛り上がらなきゃ」
「私と一緒にいて楽しいかな?」

って考え始めると、疲れてしまう。


静かに楽しんでてもいい。
たくさん喋ってもいい。
ちょっとぼーっとしててもいい。


“楽しい場所”が好きというより、“自然体でいられる場所”が好きなんだと思う。

笑っててもいいし/笑わなくてもいい
カッコつけてもいいし/緩んでてもいい
⁡明るくてもいいし/暗めの雰囲気もいい

その日の、その人の温度のままでいい。


楽しさは、言葉にしなくても伝わる。

顔とか、仕草とか、その場の空気とか、ちゃんと写真に残る。
⁡⁡

楽しそうに“見せる”んじゃなくて、その時間をちゃんと楽しんでいたことがあとから見ても伝わる。


幸せな気持ちをゆっくりじっくり味わえる。

撮影が好きな理由の1つ。


楽しいことが好き。
楽しそうに見せなくていい場所が、好きだから。




余計なものを加えない。

素材そのままの美味しさを楽しむお茶。






    

【編集後記】


この記事を書いていたら、

スタジオ撮影会にお申込みが届いた。

嬉しすぎる。

「楽しそうに見せなきゃ」じゃなくて、

やりたいことを楽しんで続けていたら、

ちゃんとその姿を見てくれている人がいた。

今日、書きたかったことの答えが、

届いた気がする。