もしも、時間やお金になんの制限もなかったら

“本当は何を一番選びたい?”




食べたいけど、太るから
やりたいけど、人の目が気になるから
欲しいけど、お金がかかるから


いろんな理由で自分に制限をかけてる。


本当は甘くてカロリーの高いドーナツが食べたいけど、太るの嫌だからヘルシーそうなベーグルを選ぶのと
ベーグルが食べたくてベーグルを食べるのは全然違う。


「これでいい」と、「これがいい」は違う。





「会社員を辞めて起業する」
「好きなことで稼ぐ」
そんなブームもあったけど、みんながみんなそれが合うわけじゃない。


  


起業を続けることも、
お勤めに戻ることも、
ダブルワークを続けることも。

どれが正解で、どれが間違いという話ではなくて、
全部、その時の選択。



お金のことも、家族のことも、体のことも、仕事のことも

全部無視して好き勝手に生きようって話じゃない。



太ることを気にするのも自由だし、気にしないのも自由。
ドーナツを食べるのも、ベーグルを食べるのも自由。
私はドーナツを選ぶから、あなたもドーナツを食べようって言いたいわけじゃない。




自分が「これがいい」と思うものを選ぶし
誰かの「これがいい」も尊重する。


結婚やパートナー選びもそう。

「イケメン=危険」「堅実そうな人=安心」
って、未来まで決まってるわけじゃない。
稼ぎがなくて浮気しまくるイケメンが、数年後には仕事を頑張って家庭的になるかもしれない。

誠実そうで堅実に見えた人が、あとから全然違う一面を見せることもあるかもしれない。


イケメンだって、太って禿げるかもしれない ←

未来を完全に予測して“正解”を選ぶのは無理という話。


変化の激しい世の中で、一度決めたことを、ずっと選び続けなくてもいい。

今日の自分と、数年後の自分では、第一希望が変わっていても不思議じゃない。





ちなみに今日の私は、夢に出てきたベーグルが食べたい。
これは妥協じゃなく、第一希望で。

なのにスーパーにもコンビニにも売ってなくて、
今、グレープフルーツ食べてる。

全然違う。切り替えられた自分ブラボー。

第一希望を選びたい。でも、いつも選べるとは限らない。
そんな日もあるし、そんな日だって楽しめる。

自由には臨機応変も必要。


今日の自分の第一希望を選ぼう。

信頼関係ってどこから生まれる?

 

知識量と勉強量
資格の有無
在り方、話し力、説得力
経験値、貫禄
矛盾、ブレがない
 


 
色々ある中でも安心出来る距離と温度は大きいと思います。
 



安心出来て心地よいと感じる距離や温度は、ケースバイケースですが


「この人が言うなら間違いない」と思わせてくれる人の存在は大きいです。





 

例えば、漢方の勉強をしていくと、ある程度「予測(見立て)」は出来るようになってきますが
 


知識をベースに 正解を予測、実践ことは 目的ではなくて手段の一つだと私は思ってます。
(そもそも正解なんてない、と思ってます)
 




「正解」はダレが決めるもの?



その問いを前提に

過干渉過放任もせず、信じて見守ることも必要なことだと思ってます。
 



迷ったら相談出来る人
一緒に考えてくれる人
変化を一緒に喜べる人
 


寄り添おうとしてくれる、その気持ちや存在のチカラは大きいことも実感としてあります。
 



自分のことは見えてるようで見えてないことも多く、自分1人の視点は限定されているので。
 



どんな風に伝えたら、伝わったら喜んでもらえるか
目の前の人に笑顔になってもらえるか
 

考えていたいと思います。



いっぽいっぽ。







「楽しそう」に見えることより
楽しむことに夢中でいたい。


写真も、仕事も、発信も。




「どう見えるか」を体裁を整えるより、自分がやりたいことをやっていたい。


楽しんだ結果として、楽しさは写真にも表情にも言葉にもにじむ気がする。




楽しいことは好きだけど
⁡「楽しそうに見えなきゃいけない」のは苦手泣き笑い
(パリピでも、ワンナイトカーニバルでもないので。)



テンション上げて、盛り上がらないといけない場では気疲れする。


「楽しそうに見せなきゃ」
「ちゃんと盛り上がらなきゃ」
「私と一緒にいて楽しいかな?」

って考え始めると、疲れてしまう。


静かに楽しんでてもいい。
たくさん喋ってもいい。
ちょっとぼーっとしててもいい。


“楽しい場所”が好きというより、“自然体でいられる場所”が好きなんだと思う。

笑っててもいいし/笑わなくてもいい
カッコつけてもいいし/緩んでてもいい
⁡明るくてもいいし/暗めの雰囲気もいい

その日の、その人の温度のままでいい。


楽しさは、言葉にしなくても伝わる。

顔とか、仕草とか、その場の空気とか、ちゃんと写真に残る。
⁡⁡

楽しそうに“見せる”んじゃなくて、その時間をちゃんと楽しんでいたことがあとから見ても伝わる。


幸せな気持ちをゆっくりじっくり味わえる。

撮影が好きな理由の1つ。


楽しいことが好き。
楽しそうに見せなくていい場所が、好きだから。




余計なものを加えない。

素材そのままの美味しさを楽しむお茶。






    

【編集後記】


この記事を書いていたら、

スタジオ撮影会にお申込みが届いた。

嬉しすぎる。

「楽しそうに見せなきゃ」じゃなくて、

やりたいことを楽しんで続けていたら、

ちゃんとその姿を見てくれている人がいた。

今日、書きたかったことの答えが、

届いた気がする。





目元がぼんやり
フェイスラインがもったり

「なんだか顔が重たい」

すっきりしない印象は、“むくみ”かも?




どんより、ダルオモ、ゆううつ、クヨクヨ

心も身体も なんだか重くなりがち…そんな日は




体の中から水ハケ対策しませんか?



太ってみえる、老けてみえる。




「フェイスラインが気になる」

「あご下がもたつく」

「ほうれい線が深い」

「顔が大きく見える」      




小顔になりたいという願望に逆行し、老け感をもたらす 浮腫み、たるみ。




下ぶくれに【NO!!】


 

助けて若様!!




体に入ってくる水分をスムーズに排出することがカギです。そして、溜め込まず、巡らせること。


首や肩を動かし、血流を促すだけでも顔まわりの印象は変わります。


浮腫みは、日々のちょっとした習慣の積み重ねで改善できます。


流れを意識した習慣を取り入れることで、すっきりとした印象を目指しませんか?

冷たい飲み物を飲み過ぎないことも大切です。



雨の日が増え、湿度も高くなる季節
中から整えて、ダル重対策を

「反応がない=届いてない」じゃない。


私から見えている反応は、届いている人のほんの一部なのかもしれない。


いいねが少なくても、閲覧数は多い記事もある。
(誰がみてくれたのか分からないけど)

FacebookもInstagramも、前より反応が少なくなったと思う。

時代の流れは待ったなし。ブログもfacebookも「オワコン」って言われ出してから干支が一周したくらい?



投稿を続けていても、「誰か見てくれてるのかな」「意味あるかな」って思うこともある。


自分がやりたくてやってるから

辞めたいとは思わないけど。


昨日、公式𝖫𝖨𝖭𝖤でお得情報を配信したんだけど
なかなか反応がなくて、ちょっとしょんぼりして

ヤケ酒ならぬ、ヤケお菓子とヤケ茶してた泣き笑い


そんな中で、お久しぶりの方からも注文が入って
「公式𝖫𝖨𝖭𝖤、見てくれてたんだ」ってことに感激…


募集した撮影会じゃないところで、撮影の依頼も届いた。


「募集したら即満席」が分かりやすい成功に見えるけど、それだけを正解にしなくてもいいんだとおもう。
  

申込みがなかったら、撮影会が開催されない。シンプル。

価値が下がるわけでも、依頼がなくなるわけでもない。







多くの人の目に留まるという意味では、𝖳𝗁𝗋𝖾𝖺𝖽𝗌が強いんだと思う。


新しい人に知ってもらえる場所に出ていくことも大事だし、保守的すぎると広がっていかない。


だけど、続けてきたブログやfacebookは、積み重ねた関係性ごと残ってる場所だから

ホーム感、安心感がある。
自分の土台をちゃんと持っていられる。


どこかで気にかけてくれていたり、
ふとした時に思い出してくれていたり、
いつもではなくても、良いタイミングで
ちゃんと届いていることもある。


そんなことに励まされながら、これからも自分のペースで続けていけたらいいなと思う。



いっぽいっぽ。