自分の価値が分からなくなるのは
誰かの評価で自分を判断してるから。
人からどれだけ好かれ、応援されているか
どんな知識を持っているのか。
どんな経験があり、何が得意なのか。
- 成功、お金、人脈、学歴、知識量
- 容姿、体型、肩書、資格、資産、若さ。
実感すること、数字として目に見えることで、自分には価値があると安心しようとする。
だけど、それには無くなる(減る)怖さと脆さがある。
もし明日、全てがゼロ(あるいはマイナス)になったら、希望もやる気も失ってしまうかもしれない。
ちゃんみなが、No No Girls(オーディション番組)でCHIKAに言っていた言葉
いい加減にしろ。
自信のない感じはもうここまでだよ。
自分の過去に中指立てないでほしい。
めちゃくちゃ刺さるよね
笑
私はもう、誰かが認めてくれるのを待ちながら「自分なんか」と過小評価しているような歳じゃない。
自分で自分の価値を大袈裟に見せなくても
「私はすごい」とアピールし続けなくても
自分が何を考えて
何を選んで
何を大切にしてきたかを
自分くらいは分かってる。
成功したことだけじゃなくて、迷ったことも、失敗したことも、選び直したことも含めて
ここまで生きてきた自分の時間を、
そろそろ自分自身が認めてもいい。
誰かに(特に子どもたちに)誇れる自分でありたい。
そのために、自分自身が誇れる自分でいたい。
人の期待に応えようと無理を重ねたり
頑張ることで不安を埋めたり
認めてくれる誰かに寄りかからなくても
自分の足で立つことが、きっと大切な人に誇れる生き方につながっていく。
外側に証明し続けなくてもいいところまで、
自分を連れていこう。
誰かとの間に
あたたかなつながりを感じられるように。
編集後記
この記事を書いて気づいたこと。
自信を持って、自分の足で立つ覚悟って、
ひとりで生きるためでも、孤独になるためでもなくて、
大切な人と、もっとあたたかな関係を育んでいくためなんだと思う。



