



Ismail Haniyeh إسماعيل هنية、
・イスマイル・ハニヤは、1962年1月29日、エジプト政権時代のガザのシャティ難民キャンプで生まれた。
・彼の両親は「ナクバ(イスラエルのガザ地区侵攻しパレスチナ人を大虐殺。暴力的に約170万人の民間人を強制移動させ難民化した)」によりアシュケロンの家を失いガザに避難したパレスチナ難民。
・彼はガザのイスラム大学に進み、1987年にアラビア文学の学位(学士号)を取得、2009年にイスラム大学から名誉博士号を取得した。
・彼は、ムスリム同胞団の学生部門を代表する「イスラムブロック」内で学生運動を行い、ガザのイスラム大学の学生評議会の議長を務めた。
・1989年イスラエル当局によって投獄され3年間収監された。
・1992年イスラエル当局にレバノンに追放された。
・一年後、ガザに戻り、イスラム大学の学部長に任命された。
・ハマスのリーダーであるアフメド・ヤシーン(ムスリム同胞団の最高指導者。イスラム大学の創設者兼学長であり、イスラム抵抗運動・ハマスの創設者で精神的指導者。2004年3月イスラエルにより暗殺)の事務所長に任命された。
・2003年イスラエル空軍によるハマス指導者排除の攻撃で手を負傷した。
・ハマスは2006年のパレスチナ立法選挙で勝利。
・ハマスは2007年のガザの戦い(ファタハとの戦闘)の後、ガザ地区の事実上の統治当局となった。
・ハマス党首としての在任期間 2017年5月6日 - 2024年7月31日
・ハニヤ内閣(2006年3月29日 - 2007年6月15日大統領:マフムード・アッバス)
・ハニヤ内閣(2007年6月15日 - 2014年6月2日 大統領:アジーズ・ドゥワイク)
・2006年以降ハニヤはカタールを拠点としていた。
・2014年、西岸政府との分裂状態が解消。同年6月統一暫定政権が発足。
首相はハニヤではなく西岸政府側のラーミー・ハムダッラーが就いた。
同年7月29日、ガザ地区の自宅がイスラエルからの空爆を受けた。
・2023年10月7日パレスチナ・イスラエル戦争。
同年11月エジプト訪問。和平協議を行い限定的停戦。翌12月戦闘が再開。
同年12月20日、再エジプト訪問、戦闘中止協議を行なった。
・2024年4月10日、イスラエル軍は、ハーニヤの息子3人、孫4人を殺害。イスラエル軍の無人機に乗っていた車が空爆された。
・同年6月25日には、イスラエル軍によるガザ空爆により、親族10人が死亡した。
・2024年7月31日、ハニヤがイランのテヘランで暗殺された。(62歳没)
一緒にいたボディーガード1人も殺害された。
Hamas political leader Ismail Haniyeh assassinated in Tehran: Reports
Al Jazeera English
ハマスの政治指導者 Ismail Haniyeh イスマイル・ハニエがイランの首都テヘランで殺害されたと、パレスチナ・グループが声明で発表した。ハマスによれば、ハニエは”シオニストにテヘランの彼のレジデンスで襲撃”され殺害されたという。イランの国営メディアによれば、イランの革命防衛隊は、ハニエが護衛の1人とともに殺害されたことを確認したという。
Ismail Haniyeh Funeral Live | Hamas leader Ismail Haniyeh Assassinated In Tehran | Palestine | N18G
Funeral for Hamas leader Ismail Haniyeh, who was assassinated in Tehran according to Iran’s paramilitary Revolutionary Guard. No one immediately claimed responsibility but suspicion immediately fell on Israel, which has vowed to kill Haniyeh and other Hamas leaders over the group’s Oct. 7 attack on Israel that sparked the war in Gaza.
Hamas political leader Ismail Haniyeh killed in Tehran, Hamas and Iranian media say
CNN 2024/07/31
LIVE: Iran holds funeral procession for Hamas chief Ismail Haniyeh | REUTERS
イランの首都テヘランで、暗殺されたハマスの指導者イスマイル・ハニェの象徴的な葬列に大勢のイラン人が参列する予定である。
ハニェは水曜日の早朝に暗殺された。この攻撃はイスラエルへの報復の脅威を呼び、ガザでの紛争がより広い中東戦争へと発展する懸念をさらに煽った。
“後ろ盾”イラン「血に報いる」…ハマス最高指導者暗殺 直前にヒズボラ司令官も殺害【報道ステーション】(2024年7月31日)
ハマス最高指導者ハニヤ氏 イラン新大統領の宣誓式翌日に殺害 ガザ停戦交渉に影響は?【news23】|TBS NEWS DIG 2024/08/01
暗殺されたハマス最高指導者のハニヤ氏、紳士的だった「テロの親玉」 記者が見た素顔
8/1(木) 13:55配信 産経新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/70570641370cb867085b699879bd05b64edaf6b6
イラン滞在中に暗殺されたイスラム原理主義組織ハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤ氏。筆者は2006年、取材で自宅に招かれた。
この年のパレスチナ評議会(議会)選挙でハマスは大勝し、ハニヤ氏は首相に就任した。私はエルサレムに駐在しており、ガザまで話を聞きに行った。彼の家は難民キャンプにある大きな一軒家で、親族や支援者が祝福に詰めかけていた。
待合室でお茶を飲みながら30分ほど待っていると、ハニヤ氏が突然入ってきた。敬虔(けいけん)なイスラム教徒が取材相手だから、慌ててスカーフをかぶろうとしたら、「いいから、いいから」と手を振って笑った。戒律を他人に押し付けない柔軟な人物に見えた。だが、「どんな政治を目指すのか」と尋ねると、パレスチナの苦難の歴史を延々と語るばかりで、話はかみ合わなかった。
このころのハニヤ氏は、ハマスのイメージ戦略を担っていた。外国人記者たちをガザ視察のバスツアーに招いたこともある。昼食会では「お土産です」と言いながら、一人一人にパレスチナのバンダナをかけた。米欧諸国は、イスラエルの生存権を認めないハマスとの対話を拒否していた。
自由選挙による首相交代はアラブ圏では異例のことだった。選挙後、イスラエルは次々とハマス幹部をミサイルで殺害したが、ハニヤ氏は標的にならなかった。不思議に思ってイスラエル紙記者に理由を尋ねると、「イスラエル側は『いずれハマスは変わり、ハニヤ氏はガザ統治に役立つ』と見ているのではないか」と述べた。ハニヤ氏はハマス創始者の側近だが、軍事部門への影響力は薄いのだと指摘した。
ハニヤ氏はガザの難民キャンプで生まれ育ち、住民に人気があった。イスラエルがガザを空爆した夜、現場に行くと、被害を受けた住民たちに声をかけて励ましていた。ハマスは一時、イスラエルとの平和共存を受け入れる姿勢も示唆した。
だが、ガザ封鎖が長期化すると、強硬な素顔があらわになった。イスラム教シーア派のイランに支援を頼み、米国を敵視するイランの「抵抗の枢軸」に組み込まれていった。ハニヤ氏は2017年にハマス最高指導者に就任し、カタールに拠点を移した。昨年10月、ハマスのイスラエル攻撃でガザ紛争が始まり、ハマス側の発表によると、ガザでは3万人以上が犠牲になった。彼が残した組織は袋小路に入り込んでしまった。(三井美奈)