日本は人権について他国に対して問う資格があるのだろうか?
日本の入管は外国人に対してどんな扱いをしてきたのか?
日本はなぜ協力してくれた現地の人々とその家族を保護しない?
日本はコロナ対策に失敗し感染爆発、医療崩壊のなかで
自国民さえ見捨てる非人道的な国だ。
タリバン報道官を単独取材 【インタビュー完全版】(2021年8月26日)
朝日テレビ 報道ステーション
安田純平
@YASUDAjumpei
アフガニスタンからの退避の件で批判が出ているのは邦人についてよりも大使館やJICAに協力した現地スタッフと家族についてで、カブール陥落してからも保護の必要性すら考えもしなかったことが問題なのであって、憲法改正してようとなんだろうとその意識が変わらない限り何も変わらない。
安田純平
@YASUDAjumpei
《派遣の根拠である自衛隊法に活動を制約され、自衛官は首都カブールの空港から一歩も外に出られなかった》
《自衛官が市中に退避希望者を迎えに行き、警護して連れてくることはできなかった》
法的規制なければそれをタリバンが認めたとか、認めなくても実力行使できたと?
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021082800467&g=pol
自衛隊、退避作戦に法的制約 安全確保できず、空港くぎ付け―アフガン:時事ドットコム
日本政府によるアフガニスタンからの邦人や大使館の現地スタッフの退避作戦は、事実上の活動期限である27日を過ぎ、継続は困難な状況となってきた。自爆テロによる治安悪化などの影響で、最大500人と想定する退避希望者の多くはアフガン国内に残されたまま。派遣の根拠である自衛隊法に活動を制約され、自衛官は首都カブールの空港から一歩も外に出られなかった。
jiji.com
午前7:05 · 2021年8月30日·Twitter Web App
安田純平
@YASUDAjumpei
《日本大使館の担当者は『私の責任では決められないから東京と話す』
渡されたのは紹介状だけ
日本大使館の22人の警備員は、日本、もしくは第3国への退避を求め、大使館宛てに嘆願書を出しましたが、まだ返事はありません》
自力で日本来て難民申請しても強制送還しそう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1533a6e2c15dd46bd7a69acbf44660e29ce3a043
脱出望むアフガン日本大使館警備員に紹介状のみ?(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース
イスラム主義勢力「タリバン」が実権を掌握したアフガニスタンで日本大使館に勤務する警備員がANNの取材に応じました。退避できずに取り残され、命の危険もあると訴えました。 在アフガニスタン日本大使
news.yahoo.co.jp
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論理的、洗練された一面も タリバンを熟知する日本人が見るアフガニスタンのこれから
朝日新聞GLOBE+ 2021.08.19
https://globe.asahi.com/article/14420464
アフガニスタンのガニ政権が崩壊し、反政府勢力タリバンが全権を握った。タリバンは今後、どのような政治を行うのか。大量の難民が発生する事態が起きるのか。国際社会はどのように対応していけばいいのか。昨年3月まで、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)の代表を約4年にわたって務めた山本忠通氏に話を聞いた。(牧野愛博)
山本忠通 やまもと・ただみち
1950年生まれ。74年に外務省に入省し、米国公使、国連教育科学文化機関(UNESCO)大使、ハンガリー大使を歴任。2016年から20年3月まで国連事務総長特別代表として国連アフガニスタン支援団(UNAMA)代表を務めた。日本人が国連事務総長特別代表を務めたのは3人目。
https://mobile.twitter.com/tkasuga94/status/1428614291477852165
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必見動画‼︎ 2011/3/7 「人質同窓会ナイト」
凄いメンバーが顔を揃える東北大震災、福一原発事故が発生する4日前のイベントだ。
・イラク戦争(侵攻) 2003年3月20日 – 2011年12月15日
・2003年7月、イラク特措法が成立。
・2003年11月、イラク日本人外交官射殺事件
奥克彦・駐英参事官と井ノ上正盛・駐イラク三等書記官が
イラク北部のティクリートという町で走行中の車から降りた時に射殺されたとされる未解決事件。
・2004年1月16日~2008年12月。自衛隊イラク派遣。
イラク特措法に基づき、陸上自衛隊のイラク復興支援群とイラク復興業務支援隊、
航空自衛隊のイラク復興支援派遣輸送航空隊が参加。
陸上自衛隊は、2006年7月まで。
・2004年4月 イラク日本人人質事件
高遠菜穂子氏、郡山総一郎氏、今井紀明氏ら3名を拘束した犯行グループは自衛隊のサマワ撤退を要求。
イラク・イスラム聖職者協会の仲介等によって解放された。
渡辺修孝、安田純平の2名も自警団的武装農民に拉致されたが解放された。
2011/3/7@Naked Loft
イラク開戦8周年イベント 「人質同窓会ナイト」
【出演】
常岡浩介(ジャーナリスト)
安田純平(ジャーナリスト)
高遠菜穂子(ボランティア活動家)
山路徹(APF通信社代表)
*後半参加
鈴木邦男(政治活動家「一水会」元最高顧問)
志葉玲 (ジャーナリスト)
寺沢有 (ジャーナリスト)
常岡氏は、2010年4/1から2011年9/4まで、
約5ヶ月ちょっと157日間、
アフガニスタンのヒズビ・イスラミ
(イスラム党 政府側でタリバンと戦っている)に拘束されていた。
目隠しもなく相手の顔を見ているし、場所の把握、組織の構成も
聞き出して解っていたので、外務省が本気で救出に動き、
身代金が支払われていれば、その時点で殺されたかもしれない。
犯人グループは、人を初めて誘拐したグループだった。
犯人側は日本大使館に身代金を要求の電話をかけ続けていたが
日本大使館は、その度に断り続けていた。
外務省は、アフガニスタン政府の情報で犯人はタリバンだと思っていた。
常岡氏はタリバンと組んで身代金を山分けしようとしているという
ガセネタを信じていたので、「常岡さんは私たちの仲間ではなく、
あなた方の仲間だ。なぜ仲間を誘拐するのか?救出するつもりはない」
と非常に冷たい態度だった。
身代金要求した側の犯人の方が「日本政府はなぜお前を助けないのか。
お前はイスラム教徒だから政府に迫害されているのではないのか?」
と心配するほどだった。
トンチンカンな外務省のお陰で誘拐犯らは、諦めて常岡を解放した。
常岡氏は2011年9月初まで誘拐されていたが、
警視庁が、同志社大の中田教授が主犯で、常岡が従犯で、
タリバンが共犯で、皆で団結して、日本大使館を揺さぶって、
身代金を山分けするつもりだったという内容の話を内調にあげていた。
内調から外務省にその話が行った。
常岡が、その話を聞いたのは、地球を半周したところにある
別の日本大使館筋であるので、
地球の裏側までその話を回していたことになる。
安田氏は、2010年の11〜12月にアフガニスタンに行った。
アフガニスタンには世界最大規模と言われる銅山があり、
中国が銅山開発を30億ドルつぎ込んで落札してやっている。
欧米企業は20億ドルで中国に負けた。
中国は、中国からアフガニスタンを経由して
パキスタンまで線路を引いてパキスタン国内の線路とつなげて、
インド洋までつなげようとしている。
要するにインド洋やマラッカ海峡を通らずに中国まで資源を運ぶという
国家戦略をやっている。
中国は、アフガニスタンに限らずナイジェリアなど、
危険地域で開発を行っている。
リーマンショック以降、石油メジャーの財政が厳しくなっており、
組む相手として中国を選んでいる。
なぜなら中国は現場に労働力を投入してくれるからだ。
ただし、受刑者などを送り込んでいるので拉致殺害なども頻繁している。
中国は、カルザイ政権の鉱山大臣に
3000万ドル(27億円)の賄賂を渡していた。
石油はどんどん値上がりしているために、現物を採りに行くしかないが、
日本は指を咥えてみているしかない状況である。
安田は、2003年2月からイラク取材を、
かなり危険な地域にも入って行った人間の盾に入り取材をしていたが、
最後まで盾に残っていたのは日本人だった。
世界で最もリスクをとっていた日本人が、
2004年のイラク日本人人質事件の騒動から、
全くリスクをとらなくなった。
ちょうど、(2011年3月2日http://www.kohara.ac/blog/2011/03/post-775.html)タリバンが来日していた。
※2012年6月にもタリバンは同志社大学に来訪したhttp://www.cismor.jp/jp/lectures/アフガニスタンにおける和解と平和構築/
常岡氏は、アフガニスタンのタリバンの
元外務大臣ムタワキル氏に張り付いて取材した。
ムタワキル氏が言うには、
「アフガニスタンの資源開発に中国が入っているが、
中国は、アフガニスタンのカルザイ政権の腐敗体制に金をつぎ込んで、
資源を独占しようとしている。
カルザイ政権の腐敗を肥やすだけで、
国民には還元されないので、アフガニスタンにとって望ましくない。
タリバンとしては中国ではなく
日本に入って来てもらいたい。」とのことだった。
元々、外務省がタリバンを日本に呼んだのだが、
タリバンはそれは受けられないということで、
同志社大がタリバンを招いて、
外務省が非公式にこっそり会うという形をとった。
外務省とタリバンが話したのは、
アメリカとアフガニスタンの戦争の仲介を
どうしていくかという密談だっただろう。
外務省の中東第二課と、アフガニスタン専門家である
アフガニスタン日本大使館も、こういう接触をしていた。
外務省もアフガニスタン関係には、途轍もなく優秀な人が少数いる。
安田氏は、その話を聞いて、
中国はタリバンとも繋がり、どっちに転んでもいいようにやっている
とも考えられるのではないかと述べた。
中国は、カブールの南東のロアール州、アルカイダがいたところで、
パシュトゥーン人(タリバン)の地域にも入っている。
武装勢力に対峙して警備だけをやる警察組織も作り、
中国政府が資金を出しているというイレギュラーなやり方。
普通例えばアメリカの警察や軍隊が外国から給料をもらうことはあり得ない。
常岡氏も、中国は現場のタリバン勢力に攻撃されないように
当然 賄賂を送ることはするだろうと述べた。

自衛隊機、アフガニスタン人14人運ぶ 旧政権関係者ら
朝日新聞 松山尚幹、成沢解語、佐藤達弥2021年8月28日 18時00分
https://www.asahi.com/articles/ASP8X516GP8XUTFK009.html
アフガニスタンにいる日本人や日本大使館の外国人スタッフらを退避させるために派遣されていた航空自衛隊の輸送機が26日、アフガニスタン人14人を首都カブールの空港から隣国パキスタンに退避させていたことがわかった。米国の要請を受けて運んだ。今回の派遣の根拠となった自衛隊法84条の4「在外邦人等の輸送」に基づき、外国人を輸送したのは初めて。
複数の政府関係者が明らかにした。14人は旧政権の政府関係者らで、「国内にとどまれば、迫害される恐れがあった」という。
輸送機は25日以降、カブールの空港に複数回降り立った。だが、治安悪化などの影響で、日本が退避対象としていた大使館スタッフなどのアフガニスタン人を、空港に移動させることはできなかった。
27日には、退避を望んだ日本人1人をC130輸送機でパキスタンの首都イスラマバードに運んだ。外務省は現地に残る日本人は「ごく少数」と説明。今回は退避を希望していなかった、としている。
一方、退避を希望する日本大使館や国際協力機構(JICA)のアフガニスタン人などの現地スタッフとその家族らは残されたまま。政府関係者によると、そうした人は約500人規模になるとみられる。
自衛隊法84条の4は「外国における災害、騒乱その他の緊急事態」に際し、防衛相が外相からの依頼に基づいて、輸送を行う。日本人だけでなく、外国人も運べると規定する。過去4件実施したが、運んだのはいずれも日本人だった。
政府は、カブールの空港内で活動していた外務、防衛両省の支援要員をいったん撤収させた。だが、輸送機をイスラマバードに待機させており、「退避に向けた努力を継続する」としている。(松山尚幹、成沢解語、佐藤達弥)
Taliban held Afghan evacuees, Korean officials for 15 hours on way to airport: S. Korean diplomat
アフガンから390人を救出!韓国外交官が語った緊迫の瞬間とは=韓国ネット「感動」「彼らの勇気に拍手」
Record China 2021年8月29日(日) 7時30分
https://news.v.daum.net/v/20210826174610709
27日、韓国経済によると、390人のアフガニスタン人を韓国に移送する「ミラクル作戦」を支援したキム・イルウン駐アフガニスタン韓国大使館公使参事官が、救出までの緊迫の瞬間を語った。写真はアフガニスタン。
2021年8月27日、韓国メディア・韓国経済によると、390人のアフガニスタン人を韓国に移送する「ミラクル作戦」を支援したキム・イルウン駐アフガニスタン韓国大使館公使参事官が、救出までの緊迫の瞬間を語った。
キム氏によると、脱出者のうち364人は24日、50人乗りバス4台で空港に移動した。生後1カ月に満たない新生児が3人、10歳以下の乳幼児が約190人と、半分以上が幼い子どもだったという。
キム氏は「タリバンが空港前でバスの進入を阻止しており、脱出者たちは猛暑の中、エアコンもなく外も見えない倉庫のような密閉された空間に14~15時間も閉じ込められた。バス内に入ってきたタリバンに殴られた人もいたようだ」と話した。
当時、現地の状況は自爆テロの情報が入るなど緊迫していた。実際に26日(現地時間)にはカブール空港のアビーゲート付近でテロが発生し、多くの死者が出ている。ここは先に徒歩で空港に入った(脱出者)26人が利用したゲートで、当時タリバンはムチを使って人々を追い払っていたという。そうした状況の中でキム氏ら大使館関係者は「KOREA」と書かれた紙を掲げて26人を探し出し、無事に空港内に入ったという。
キム氏は「パスポートのない人がほとんどだったので韓国外交部が特別に旅行証明書を発行したが、タリバンはそれが原本でないとの理由でバスの空港への進入を阻止していた。私が『原本を持って(空港の外に)行く』と言うと、ようやくタリバンが『そこまでする必要はない』とバスを通してくれた」と説明した。
キム氏には2人の娘がいるが、この命懸けの作戦を遂行することについては「心配をかけたくない」との思いから内緒にしていたという。また、キム氏は「作戦を遂行する上で最も懸念していたのは韓国内の世論だ」とし、「脱出者たちが韓国社会にうまく溶け込み、一員として寄与できるようにしてあげてほしい」と呼びかけたという。
これを見た韓国のネットユーザーからは「感動した」「2人の娘さんに言いたい。こんなに素晴らしい父親を持てるのは本当に幸せなことだと」「キム氏の勇気と責任感の強さに大きな拍手を送る」「ここまで積極的に任務を遂行する外交官はなかなかいない」「命懸けでするのは簡単なことじゃない。彼らは韓国という国をさらに輝かせてくれた」など称賛の声が続々と寄せられている。(翻訳・編集/堂本)