この あべともこさんへの応援スピーチの
一言、一言には、
安富先生が今まで語られてきたメッセージが、
凝縮されていると思います。
「子供へのいかなる暴力も加えられてはならない。」
改めて、この言葉に震えるような感動を覚えました。
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安倍政権が始まったとき、
安倍が発した「ジャパン イズ バック」という英語は、
〈日本は後退している〉という意味になる。
この言葉は、本人の意図とは異なり、
90年代に自然に円が強くなったのを
愚かにも自民党が政策的に抑えようとして資金を膨張させ、
日本の金融機関がそれを土地に投入したことで、
日本は困難に陥り、30年という年月、
どんどん後退していった状況を
図らずもうまく表現していた。
日本は、自殺者が増え経済的に壊滅し、
ひとつの戦争を行い敗戦したほどの打撃を受けた。
皮肉にも、安倍の「ジャパン イズ バック」とい言葉は、
それを正しく表現していた。
戦後、GHQによって残された勢力は官僚だけになった。
自民党は官僚と対立する側面を持っていたが、
政治を家業として受け継ぐに過ぎない
2世3世の世襲政治家たちは、
利権、しがらみ、支持者を引き継ぎ、
自分の考えや自分の力で政治を行うことができず、
官僚組織と癒着してしまい、
必要なところに必要な金が流れなくなった。
それで国民は民主党に政権交代させたが、
その政策に官僚が抵抗したので、
システムが動かず、引き摺り下ろされ終わってしまい、
安倍政権が成立した。
アベノミクスは、異次元の金融緩和と、
年金資金など公的基金を株式に投入し株価を高め、
あたかも経済政策が上手くいっているように見せかけてきた。
資金が途絶えた途端にこれは破綻する。
株価は何倍にも膨らみ、元々株を持ってた金持ちはさらに金持ちになった。
財政からの支出にありつくことのできる大企業の内部留保は巨大化した。
普通の人々の財布から金が抜き取られている。
安倍政権は、経済を回復させようとはしていない。
なぜなら、そうしようとすれば、官僚組織と癒着した自民党自らを
解体しなければならないからである。
安倍政権がやろうとしていることは、
我々の財布から金を盗みとりつつ、
改憲をして日本を戦争ができる国にすることである。
岸信介が成し得なかった安倍家の家業を全うすることを
日本国民に押し付けているのである。
このような政治家が日本の中枢に食い込んでいる限り、
日本経済は壊滅する。その時が刻一刻と迫っている。
安倍政権は、改憲をして戦争ができる国にして、
軍事支出という形で回していくつもりなのであるが、
これはいつまでも持たない。
戦争をして二進も三進もいかなくなった国債を
チャラにするしかないのである。
安倍政権は行先を知らない暴走列車である。
アメリカと戦争するために満州事変を謀った石原莞爾 本人でさえ
予想外に戦争に突き進む暴走列車を止められず、
日本は壊滅的な敗戦を経験した。
高橋是清もこれを止めようとしたが2.26事件で殺害された。
恐ろしいのは、明治期に比べ、現在この暴走を止める人材はいない。
特に与党には全くいない。
さらに惨めな対米従属という形で戦争への暴走を再現しようとしている。
奈落に落ちる危機感から国民は、
暴走する車輪に歯止めをかけるために立憲民主党を出現させた。
立憲民主党が今までの政党と全く違うところは、
何も持っていない、ということ。
徒手空拳だからこそ、国民が支える民主の党なのである。
これからも金を溜め込んだり、組織固めをしてはならない。
SNSなどを通じた人間関係を取り込んで
政治にイノベーションを起こさねばならない。
官僚は東大話法を駆使して立場主義を貫き、
日本のさまざまな問題が隠蔽されている。
原発もその一つである。
現在も進行中の福一原発事故という
世界史に残る未曾有の大事件も、
この話法によって同じように問題を隠されている。
象徴的な言葉が、
立憲民主党の枝野氏の
大きな支持基盤に電力労連をもつ民主党の元官房長官として発言した
「直ちに健康に影響はない」である。
菅直人氏、枝野氏の間違いは、
官僚組織が起こした事故の対処を
その官僚組織に依存してしまったこと。
これは、立憲民主党の大きな原罪になる。
立憲民主党は、原発事故に対応してきた政治家で成り立っており、
だからこそ、彼らは、
ひとりの人間として活動する勇気をもてなかったことを深く反省し、
原発を止める政策を掲げている。
日本の税制は問題がある。
所得がある一定以上になると節税ができるようになっており、
税金を払わなくてもよいシステムになっている。
日本経済は2割か3割は税金対策のために動いている。
法人税、累進課税が雑にできているので、
税金対策を行えば税金を払わなくてもよくなる。
だから、付加価値税を上げて、所得税を下げた方が良いと思っている。
税制が国家の統治システムの一部のように、
まるで年貢のようになっている。
納税者と政府との間に信用がなくなっている。
政府を運営するために託すのが税金であるという意識が欠けている。
たとえば、
マイナンバーの利用方を、
徹底的に、全ての取引に用い、税金を払うようにする。
公共事業と補助金という形をとる家単位で支払われている奇妙な福祉制度も、
マイナンバーを使って各個人に支払われるようにする。
田舎に残る家制度は、経済もインターネット化する時代にそぐわなくなる。
家単位で公共事業を出して農村単位で集票した
田中角栄の制度は、もう使えない。
原発ゼロは、すぐにでも可能。
経済的には維持するコストを思えばキャンセルできる。
原発は核武装のためにある。
そもそも佐藤栄作が核開発の技術を手に入れるための
隠れ蓑として原発を推進した。
中曽康弘は、科学技術庁長官として
核ミサイル開発を維持することに専念した。
科学技術庁は、科学研究の庁というよりミサイル開発庁であった。
今は、文部科学省になったが、正しくは文部ミサイル開発省である。
核兵器禁止条約を批准しないのは、
核兵器をもちたいから。
日本は、中国の核兵器を恐れている。
中国との関係改善をしない限り、
潜在的核武装を放棄することはできない。
自民党は、核武装しなければ大国になれない、
戦前の1930年時点の日米英という大国に
返り咲きたい、という幻想をもっているが、
外交的な地位を得るためには、
唯一の被爆国として核を完全に放棄し、
反核を国是にし、世界をリードするべきである。
日本は、
北欧、カナダ、オーストラリア、スイス、オーストリアなどの
仲間になるべきである。
反核を掲げ、21世紀にふさわしい新しい社会構造、経済構造を打ち出す
リーダーになるべきである。
学歴差別というのが、本質的な問題である。
学歴によって初任給の差をつけるのはおかしい。
学歴によって人間の優劣をつけるような愚かなことは
法律で禁止すべきである。
奨学金を払ってまで学校教育を受けることはない。
大学を出ても人間は良くならないし賢くならないし、
労働力としてクオリティーは上がらない。
学歴差別があるから碌でもない人間が指導者になる。
教育という暴力に支配された優秀な子供が東大に入り、
やがて立場主義の東大話法を駆使する官僚になる。
奨学金を払ってまで大学に行くことをやめれば、
ほとんどの大学は潰れるが、それで良い。
学校は、貧困や親の暴力を含む子供に加えられる全ての暴力から
子供を守る機関に変わるべきである。
「しつけ」がいいかどうかは大きな争点である。
子供へのいかなる暴力も加えられてはならない。
「しつけ」は暴力である。
暴力を加えれば加えるほどダメな奴になるからである。
他人に暴力を振るう人間になるからである。
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マイケルジャクソンも、こう言っていた。
My childhood was completely taken away from me.
There was no Christmas. There was no birthday.
It was not a normal childhood. No normal pleasures of childhood.
Those were exchanged for hard work, struggle and pain,
and eventual material and professional success.
But as an awful price, I cannot recreate that part of my life.
Nor will I change any part of my life.
However, today, when I create my music, I feel like an instrument of nature.
I wonder what delight nature must feel
when we open our hearts and express our God-given talents.
The sound of approval rolls across the universe and the whole world abounds in magic.
Wonder fills our hearts for what we have glimpsed for an instant
- the playfulness of life.
And that's why I love children and learn so much from being around them.
I realize that many of our world's problems today from the inner city crimes
to large scale wars and terrorism and our overcrowded prisons
are a result of the fact that children have had their childhood stolen from them.
The magic, the wonder, the mystery and the innocence of a child's heart
are the seeds of creativity that will heal the world. I really believe that.
What we need to learn from children isn't childish.
Being with them connects us to the deeper wisdom of life
which is everpresent and only asks to be lived.
They know the way to solutions
that lie waiting to be recognized within our own hearts.
Today, I would like to thank all the children of the world,
including the sick and deprived. I am so sensitive to your pain.