前川氏指摘 ➡︎安倍ゴリ押し世界遺産「明治日本の産業革命遺産」=朝鮮人強制労働 | ☆Dancing the Dream ☆

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(2:55〜)
前川喜平氏
「昨年の9月から10月にかけて私、
 和泉補佐官の元を数回訪れているわけでございます。
 その際に、国家戦略特区における獣医学部新設の件についての
 お話がございましたし、
 また同時並行的に別の問題もご注文がございまして、
[明治日本の産業革命遺産]の朝鮮半島出身者の強制的に労働させられた
 という経緯につきましてですね、[情報センター]を作るという問題
で、
 六本木の新美術館に作れないか、とこういう打診がございまして、

 ま、この話もかなり厄介な話でございましたけれども、
 そういう話も、同時進行しておりました。」
(7:00〜)
「合わせまして、先ほど、同時並行で抱えておりました
 いわゆる[徴用工]朝鮮半島出身者で文化遺産の元でですね、
 例えば軍艦島といったところで働かされた朝鮮半島出身者の
 情報センターを作るという話
も、
 なかなかこれは新美術館に作るというのは
 難しい話でございましたんで、難しいです、 
 とうことを申し上げた記憶がございます。


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さあ、どうやら、
私たちは、
閉会中審査において、前川喜平氏が訴えていた
「もうひとつの総理のご意向によるゴリ押し」問題を
見落としていたようです。

前川氏は、
加計獣医学部新設問題のような、
安倍の「行政を歪めるゴリ押し」は、
氷山の一角に過ぎない、ということを国民に訴えていたのです。

前川氏は、
「今治特区の加計獣医学部新設の全体の絵を描いたキーパーソンは、
 和泉洋人 総理補佐官である」と
日本記者クラブ会見の席でも述べていましたが、

和泉補佐官は、
安倍がゴリ押しで進めた2015年「明治日本の産業革命遺産」の
世界遺産登録の際に残された大変難儀な問題の後処理を
文科省に押し付けていたのです。

明治期のエネルギー産業、炭鉱の発展の裏には、
非人道的な朝鮮人や中国人の強制労働があり、
韓国から、世界遺産登録に対するクレームが出ていたのです。

日本側は、
朝鮮半島の人々が労働を強いられたことを説明する「情報センター」を
設置する約束をしたにもかかわらず、
国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産登録が決まったあとで、
外務省は、「強制労働はなかった」という立場で
関連情報を作成すると発表したのです。


2015/7月
岸田文雄外相「FORCED TO WORK は強制労働を意味するものではない」 
(軍艦島 世界遺産登録)
登録が決まった施設を保有する
三菱重工業や新日鉄住金などは、
強制労働の事実を伝えることについて消極的な反応を見せている。
http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2015/07/08/0400000000AJP20150708003400882.HTML


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「明治日本の産業革命遺産」子ども向けDVD 長崎市世界遺産推進室


〜前川前文科次官 安倍政権「もうひとつの私物化」を激白
2017年09月02日 09時26分 日刊ゲンダイDIGITAL 〜より
(取材協力=ジャーナリスト・横田一)


あれもかなり無理筋のお友達案件でした。
動き始めたのは第1次安倍内閣のころです。
「地域振興」だとして地方の首長さんたちが協議会をつくって、
世界遺産登録に取り組んでいた。
それをまとめて、ユネスコに働きかけようとしていた中心人物が
加藤康子さんという加藤六月元農相の長女でした。

安倍家と加藤家は仲が良く、
康子さんは安倍首相の幼馴染みだそうです。
第2次安倍内閣で、康子さんは内閣官房参与。
文科省の3年先輩で
元ユネスコ大使の木曽功さん(現・加計千葉科学大学長)も
同様に参与でした。
木曽さんと和泉洋人総理補佐官も
世界遺産委員会の現場にいました。

  ――「明治日本の産業革命遺産」は、
軍艦島(長崎県)や官営八幡製鉄所(福岡県)など
九州から岩手まで8県に点在する
造船、製鉄、石炭産業など23の施設や遺構。

各国の文化遺産推薦枠が年1件という中、
文化審議会で既定路線とされた「長崎の教会群」を蹴倒して選ばれ、
なぜか安倍首相の地元の松下村塾(山口県)まで含まれていることも
“安倍官邸のゴリ押し”と噂されたものだ。

2015年は長崎でのカトリック信徒再発見から150年目の節目で、
長崎県の関係者は「その年に教会群を世界遺産登録したい」と
準備をしてきていた。
ところが、内閣官房が別の有識者会議を設けて審査し、
「産業革命遺産」にする!と言ってきた。

政府の中に「文化審議会」と「内閣官房の有識者会議」という
2つの審査機関ができてしまって、
「どちらを取るのか」という話になり、最後は政治決断となりました。

ユネスコの諮問機関であるイコモスの審査はとても厳しい。
産業革命遺産は構成資産全体を説明するコンセプトが弱いことと、
保全措置が不十分であることが課題でした。
特に軍艦島は崩壊が続いている。
それで、日本イコモスの専門的な審査をすっ飛ばし、
外務省の組織を総動員し、政治力と外交力で押しきったのです。

――ただ、その“政治力”が来年、新たな国際問題に発展しそうだという。
15年7月の世界遺産委員会は「徴用工」の問題で紛糾した。

韓国が「強制労働の負の歴史遺産」だとして登録に反対したのだが、
日本側が
「朝鮮半島の人々が労働を強いられたことを説明する情報センターを設置する」
と約束し、韓国側が矛を収めた経緯があるのだ。

その情報センターが、今もできていないのです。
登録から3年後に見直すことになっていますから、
必ず来年、国際問題になります。
韓国側が必ず持ち出してくるでしょう。
軍艦島の保全措置という宿題も残っています。
無理に無理を重ねて通してしまった結果です。

――アベ友に木曽氏に和泉氏。
加計疑惑と登場人物も同じだ。
こうした国家の私物化が安倍政治の至るところで
行われているということだろう。

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ドキュメンタリー映画『抗い ARAGAI』記録作家 林えいだい

福岡県筑豊の旧産炭地には、
今もアリラン峠と呼ばれる場所がある。
そこは、かつて日本に徴用された朝鮮人たちが
炭鉱に向かう時に歩いた道である。
記録作家・林えいだいが、アリラン峠を歩く。

林えいだいは孤高の記録作家である。
筑豊にいて、ひとりこつこつと、
あたかも暗闇で岩盤を穿つように、
日本の負の歴史をペンで切り拓いてきた。
炭鉱産業と朝鮮人強制労働、
無告の民の戦争秘史、
ひたすら聞き続けて46年。
その驚嘆すべき苦闘と持続の成果を、
この映画が見事に復元した。


【ノンフィクション作家・林えいだい氏の著書「死者への手紙」より】
http://aragai-info.net
昭和20年、原爆投下により長崎は一瞬に壊滅した。
その被害の大きさの陰にあって、
近くの島の炭坑に強制連行された中国人捕虜と朝鮮人については
これまで省みられることはなかった。
企業城下町といわれる三菱資本が支配する長崎が故に、
その実態は闇の中であった。
一端強制連行され島に入ると、
東シナ海の黒潮の潮流により島からの脱出は不可能であった。
孤島の閉鎖性のために中でどんな圧制が行われても
絶対に外部に漏れることはなかった。
[端島](*俗称 端島=軍艦島)との岸壁の桟橋に残る石造りの門は、
一生出られない「地獄門」であり、
[崎戸島]も「鬼ヶ島」といわれ、[高島]は「白骨島」、
3つの島は「1に高島、2に端島、3で崎戸の鬼ヶ島」言われ、
その存在は人々からおそれられた。
これらの三島で非人間的な圧制が行われた事実は、
過去において多くの坑夫たちに語られてきたが、
その証拠となる記録が一切残されていない。(中略)
孤島という密室で何が行われたか、
外傷や打撲による変死が多く、
労務係や坑内係のリンチではないかという疑問が出てくる。

【 長崎半島(野母半島)の集落で語り継がれる話】(↓)
http://matome.naver.jp/odai/2143355229598777801?page=2
ocana.jp/i/2015/06/post_6547_entry_2.html
「その昔、端島(軍艦島)で働いとった労働者は、
 大変な重労働をさせられておったとよね。
 タコ部屋のようなところに押し込まれよって、
 ロクに食べるもんもなかような状態で、
 寝る間もなく働かされておったとよ。
 作業をさせられていたのは、海底奥深くにある作業現場よ。
 石炭を掘るためには、何キロも炭車に乗って行かなければならんとこバイ。
 言ってみれば、かなり危険な場所よね。
 そこがいつ落盤するかわからんし、
 いつ命を落とすかもわからんようなとこよ…」
「そげんな労働者は、“島抜け”をして来よったとよね。
 端島から長崎半島までは4kmくらいの距離よ。
 そこを泳いで渡ってくるとよね。
 端島は外海ばってん、周りの潮流は早かとよ。
 力尽きたもんは、そのまま潮に流されたり、
 A集落にある岩場に打ち上げられたりしてたとよ。
 その集落じゃ、遺体が流れ着きよると、 
 その場所で荼毘に伏していたとよね。
 流木を集めてきたりしてね。
 戦前の話いうから朝鮮から来ていた労働者じゃなかとかね。
 でも、集落の者は口をつぐんどって何も話さなかとよ…」

◇      ◇

端島炭鉱は良質な強粘炭が採れ、
隣接する高島炭鉱とともに、
日本の近代化を支えてきた炭鉱の一つであった。

石炭出炭量が最盛期を迎えた1941年(昭和16年)には
約41万トンを出炭した。
1939年(昭和14年)からは[朝鮮人労働者の集団移入]が本格化し、
最重労働の採鉱夫のほとんどが朝鮮人に置き換えられたほか、
1943年(昭和18年)から中国人捕虜の強制労働が開始された。

朝鮮人労働者は納屋、
中国人捕虜は端島の南端の囲いの中に
それぞれ収容されたという。

戦後、高島・端島・崎戸の3鉱の
中国人労働者やその遺族らが、
国・長崎県・三菱マテリアル・三菱重工を相手に
損害賠償を求めて起こした訴訟では、
長崎地裁が2007年3月27日に、
賠償請求自体は請求権の期限(20年)が経過しているとして棄却したものの、
強制連行・強制労働の不法行為の事実については認定した。

三菱の歴史は、明治維新に始まる近代日本と歩みを同じくしています。
この近代日本誕生の時代に登場したのが、
三菱の基礎を築いた創業者岩崎彌太郎です。
土佐藩(今の高知県)は、1870(明治3)年に
3隻の汽船で「九十九商会」として海運事業を開業、
彌太郎がその経営・監督の任に当たりました。
これが三菱の出発点です。
海運部門の全盛期に、
岩崎彌太郎は、ー着々と事業の多角化を図っていました。
1873(明治6)年の吉岡鉱山や、
1881(明治14)年の高島炭坑の買収に始まる
鉱業(三菱鉱業の前身、現・三菱マテリアル)、
1884(明治17)年の官営長崎造船所を借り受けて進めた
造船業(三菱造船の前身、現・三菱重工業)がそれです。

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ところが、北朝鮮の対米ミサイル実験問題で、
米ポチ日韓は……あせる


韓国の文在寅大統領「徴用工の賠償問題、政府間で解決済み」 
安倍首相との電話会談で表明

2017年8月25日、
安倍晋三首相は韓国の文在寅大統領と電話で会談し、
日本の朝鮮半島統治時代の徴用工に絡む請求権について
1965(昭和40)年の日韓請求権協定で
賠償問題は解決済みとの立場を伝えた。
文氏も政府間では解決済みとの認識を示した。
両首脳が徴用工に関して意見を交わしたのは初めてで、
両首脳は未来志向で日韓関係を構築していくことも確認した。

一方、両首脳は、
北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を強行し、
米領グアム沖へのミサイル発射を警告するなど
挑発行動を繰り返していることを受け、
日米韓3カ国連携の重要性を確認した………