
Note 3
Mother do you need $
母さん、母さんはお金が要るんだね。
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もちろん、「TII」に向かう頃のマイケルは、
ビートルズの版権の25%を保守していたのですから、
彼が破産したということは、あり得ませんが、
これを手放すつもりのないマイケルの財政状況は、
多くの負債を抱えて逼迫していたのは事実ですよね?
過酷なツアーに明け暮れる形態の生活から足を洗い、
予てから念願だった映画製作をするための活路を
90年代半ばから、本格的に、探っていたのです。
映画に関しては、嗅ぎ薬を嗅がせるだけで、
映画製作の協力者には決してならないと判断したソニーとの縁を切り、
フリーエージェントになって、
自らインディーズを立ち上げる、あるいは、インディーズ系の映画会社に投資し、
映画制作を行おうと、幾度となくチャレンジし、
懸命に模索していた形跡が、残されています。
1989年にソニーが『スパイダーマン』や『チャーリーズ・エンジェル』シリーズを持つColumbia Pictures を買収しました。これは、新たな収益源である映像ソフトの権利を入手することが目的のひとつです。
1991年には、こうしてソニー傘下となったColumbia Pictures とマイケルは、非独占的契約を結び、映画製作をすることを発表しますが、何の音沙汰もなく話は立ち消えました。
1993年3月、マイケルは、デンジャラスツアーを敢行中、自ら立ち上げた会社Michael Jackson Productions Incから映画制作を行うことを発表しましたが、
その年、児童虐待疑惑事件によって、ツアーは中止され、映画も具体化しませんでした。
1996年3月にサウジの富豪、アルワリード王子と共に、イスラム系資金で設立した「Kingdom Entertainment」。マイケルは5%の株を持っていると言われます。この会社によってスポンサードされ制作した映画が「Ghosts」。そのオリジナルヴァージョンは、1996年11月、HIStory Tour(1996~97)が開始される前の晩にシドニーの映画館で上演されました。
その前に、マイケルは第一子プリンス君を妊娠中のデビーと結婚式をあげ、
公私ともに基盤を整え、着々と映画業界に進出する準備が進められていたのです。
その助走となるはずであったのが、『Ghosts』であり、それは、
1997年のカンヌ映画祭のコンペ部門でも上映されました。
40分もの映画『Ghosts』のクオリティーは、「スリラー」を凌ぐほどのものですが、
シングル化されていないので、いわゆる音楽のプロモのための映像という位置づけのものではないのです。そのため、「スリラー」のようにTVでPVが流れ続けたわけでもなく、と言って、映画として、各地の映画館で上映されたわけでもありません。
USのメディアの特徴として、ハリウッドの大手映画会社を所有している親会社は映画会社とテレビネットワークをセットで持っているんですよね。つまり、ハリウッドメジャーは、一種のトラスト(独占の一形態)に近く、製作、配給、TV、ISPなど、メディア全般を手がける企業になっちゃっています。
本来は、映画産業において、映画作品を完成させるまでが映画製作で、エンドユーザに向けて上映業務・接客業務を行うのが映画興行。その両部門を結ぶのが映画配給です。
配給会社が興行会社や個別の映画館に対して行う営業業務です。製作者側と配給会社との間で、配給契約を結ぶことでこれが実現します。
配給会社が買い付ける配給権には、劇場公開権のほか、テレビ放映権、ビデオグラム化権などがあり、テレビ局やビデオメーカーにそれらの権利をセールスすることも可能です。
それには、相応の資金がかかるわけですが。
『Ghosts』は、見事な製作がされたにも関わらず、配給が行われなかったということになります。HistoryツアーのスポンサーもKingdomですが、2ndレグは、アルワリード王子の要請で再構成され、高収益、50%のコストダウンのため、ダンサーやバックシンガーまで削減されたと言われます。Kingdomでは、様々なアミューズメントパークなどのヴィジョンもあったようですが、霧散してしまいました。
いったい何が起こったんでしょうね?
それにしても、マイケルの映画が、何らかの形で広く配給されないなんて、
不思議ではありませんか?
『Ghosts』は、コレクターズ・ボックスセットとして限定発売されました。
映像ソフトは、DVDではなくビデオテープで、映像に使用されたのは「2 BAD」「GHOST」「IS IT SCARY」の3曲。「2 BAD」は『History』に、「GHOST」「IS IT SCARY」は、『Blood On The Dance Floor』に収録されている曲。『Blood On The Dance Floor』と『Limited Edition Minimax CD(On The Line/Ghosts/IS IT SCARY』の2枚のCDが収録されてボックスセットになっています。
これも再発されていません。
不思議ではありませんか?
さて、さて、さて!!
『Ghosts』に関わる
HIStory: Past, Present and Future, Book I (1995)
Blood on the Dance Floor: HIStory in the Mix (1997)
この2枚のアルバムのレコードレーベルは、
「Epic」と「MJJ Productions」の連名になっているのをご存知ですか?!
お馴染みの超カッコイイ「MJJ Productions」のホログラム
この会社は、Michael Jackson Co. LLC と名を変えて、2006年6月27日にアイルランドで再建され、ニューヨークに本社があります。現在は、ランディ・ジャクソンがこの会社のリーダーシップをとっています。
マイケルは、「MJJ Productions (1991-2001)」という会社を設立していて、
MJJ Music(1994–2001)というレコードレベルを持っていました。
Distributor=配給会社は、Epic Recordsなんですが。。
なんという、複雑な関係でしょう!
言ってみれば、ソニーとマイケルは、「別居結婚状態」ではありませんか?
マイケルは、アーティストとして、何が何でも作りたいものを作りたかったのですよね?
素晴らしい結婚ならともかく、タガメとカエル、女衒と芸者のような関係に
甘んじているのは、今までのマイケルのやり方ではありませんもの。
彼は、音楽業界でも、様々な壁を破って来た改革者なのですから!!

アルバム一枚のお金の流れ(%は参考程度に)
その後も、マイケルは「映画」への模索を続けます。
「エドガー アラン ポーの悪夢"Nightmares Of Edgar Allan Poe"」という映画は、MJのTV GUIDE INTERVIEW 1999 DECインタによると、2000年撮影予定でした。
これに出演する計画を、Gary Pudneyらと進め、スピルバーグやティムバートンらを監督候補に揚げていました。
Gary Pudneyは、90年代からWorld's Greatest Magic や、World Music Awardsを手がけているプロデューサーです。
しかし、2000年、マイケルがこの映画制作のために、
モントリオールに移動した時点で、頓挫し、マイケル主演の話は、立ち消えたのでした。
また、2002年、マイケルのNeverland Entertainmentは、company MDPという映画会社に投資し、実写版「ジャングルブック」を製作総指揮したインド人監督Raju Sharad Patelをパートナーに映画業界に進出することを表明しました。
もっともお気に入りの映画は、『アラバマ物語 To Kill a Mockingbird』であると
讃えながら、映画への大きな夢を語りました。

company MDPとは、Mark Damon Productions (MDP Worldwide)のことで、
Mark Damon(右) がchairman and CEO=会長・代表取締役社長を務め、Sammy Leeがvice chairman 副会長を務めた映画会社です。MDPは、Media 8 Entertainmentという名に変わり、その後、破産してしまいました。しかし、この会社が制作した「モンスター」は、ベルリン国際映画祭銀熊賞を、主演のシャーリーズ・セロンにアカデミー賞主演女優賞をもたらした名作でしたし、最後の作品となった『11:14』はヒラリー・スワンク、マット・デイモンが出演したブラック・ユーモア溢れる良質のサスペンス映画でした。とても素晴らしい映画を作るインディペンデント系の映画製作会社だったのです。
唯一、完成し、結果的にマイケル最後の映画となった、短編『Ghosts』を、
カンヌ映画祭に出品したのは、なぜでしょう?
ハリウッドに対し、インディペンデント系の良質の映画を紹介する映画祭は、
各国各地で広がりを見せています。
カンヌはその筆頭にあげられる映画祭に成長しました。
『Ghosts』のカンヌ映画祭での上映の意図は、
金にものを言わせ、大きな看板や、テレビの広告枠を買って宣伝するハリウッドの寡頭支配体制へのアンチテーゼであり、マイケルジャクソンの芸術的力量を見せつける挑戦だったのではないでしょうか?
金ばかりかけて中身の薄いハリウッド映画に対し、
マイケルのスタイルは、「コンパクト&ハイパワー」をコンセプトとします。
なぜ、そう言えるのかというと、
それについて、歌った歌があるからなのです。
それが、Invincibleの中の『2000 watts』(←クリック)です。
リンクに飛んで、和訳全文を見ながらぜひ、マイケルの乗船命令を聞き、
彼の描いた新しい空を感じてみてください!!
『2000 watts』という曲の詞の内容は、よく、音楽のエネルギーとエロティックな描写が同時に表現されたものだと解釈され、確かに、表面的には、そのとうりなのですが、さらに深意が隠されているような気がし、私自身、長く謎だと感じていました。
けれども、ある日、「2000w」とは、8ohms 200voltsの音響機器、例えば、映画館のような劇場で使われる、とても高性能な小型スピーカーのようなものを指しているのだと解ったのです。
それをヒントに訳してみると、驚くべきことが歌われているということを理解したのです。―マイケルは、音楽業界から脱出し、映画業界に進出する方法を示している―のだと。
「マイケルジャクソンが、コンパクト&ハイパワーな2000wの「飛行物体」を発進準備し、
ファンに乗船命令を促し、新しい芸術世界、映画業界に飛び立つ!という主旨の歌」
・・難解に隠蔽した詞ですが、私は、そう解釈しました。
マイケルは、King of popの名のとうり、
音楽業界では、まさに、メジャー中のメジャーの活動をしてきましたが、
映画業界に進出するにあたって、ハリウッドの構造的な問題が、
業界を起爆、活性化させることを妨げている―
マイケルは、創りたいものを自由に制作し、独立系の道から、
芸術的革新を産むことを目指したのでしょう。
観たかったなぁ~~~!!マイケルの映画。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
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因みに、アルワリード王子とは、こんな人――
アルワリード・ビン・タラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子
頭脳明晰で魅力的、ユニークで不可解、かつ華麗、異常とも
思えるほど勤勉でよく働くこの億万長者は、世界経済に圧倒的
な存在感を放ち、中東と西欧を結ぶ最高の架け橋になれる21
世紀の使者。世界第5位の大富豪・資産総額は約 240億ドル
「中東の王子」
アルワリード王子はサウジの王家の一員だが、オイルマネー
は持たず、他の王族とは境遇が違う。
アラブ世界での王族は、一般的に石油の権益を持ち、将来の
高給と栄達がほぼ約束されているが、アルワリード王子は母方
の家系が正当とみなされなかったことや、父親が国王と対立
したことも影響して、官界で栄達する道は閉ざされていた。
必然的に王子はビジネスで活路を見出そうとします。もちろん
王子にオイルマネーはありません。当初のタネ銭は、父親から
もらったわずか3万ドルで、事業はもちろん失敗。
その後、自宅を担保にシティバンクから借りた30万ドルで再
挑戦した事業が成功し、1980年代前半頃から飛躍の階段を
昇り始める。
事業の成功で得た資金を株式購入に回し、取得した企業の
経営再建を次々果たす。
事業家から投資家に軸足を移す過程で自己資金を膨らませ、
1990年頃には資産が40億ドルを超え、サウジアラビア一の
富豪になった。
そして、1991年、経営危機に陥ったシティバンクに6億ドル
のポケットマネーを提供したことで、アルワリード王子の名が
世界中に知れ渡ることとなる。
アメリカの巨大企業シティグループをはじめ、ウォルト・ディズ
ニー、アップルコンピュータ、フォーシーズンズ・ホテルズといっ
た超有名ブランドなど窮地に立たされた企業を救済、サックス
・フィフスアベニュー、ニューズ・コーポレーションといった
トップブランドへ投資・サポートする一大企業帝国を築き上げた。
また、不動産投資で失敗した際に韓国企業に助けられたこと
があり、1997年のアジア通貨危機の際は韓国企業の支援に
回ったことも。
中東では知らない者はないほどのアルワリードだが、アメリカ
では最大の外国人個人投資家で、アメリカ人のライフスタイル
にかかわるほぼすべての業種に触手を伸ばしている。
投資の神様ウォーレン・バフェットと同様、明確な戦略を基に
投資を継続して大成功を収め、ウォール街から注目されるよう
になった。
億万長者としての生活、そしてジェット機で世界中を飛び回る
生活とは別に、アルワリードは砂漠の遊牧民と密接かつ精神的
な関係を保っている。
テントやラクダ、ライフル銃を担いだベドウインの世界、そして
リムジンとデザイナーズブランドであふれ返ったウォール街の
貪欲でせかせかしたホワイトカラーの世界を王子はまたに掛け
ている。
王子率いるキングダム・ホールディング・グループは2011年
8月、ハイパービルディング(超々高層ビル)の建設を発注。
サウジ西部のジッダに建設されるビルは「キングダム・タワー」
と呼ばれ、完成時の高さは1000メートル超。ドバイに建つ
現在世界最高層のブルジュ・ハリファ(高さ828メートル)
を抜き、世界一高いビルになった。
基本的に王子のやり方は、一流企業の株を底値で購入し、業績
が回復するのを辛抱強く待つ徹底した「バイ・アンド・ホールド」
で、「ボトム・フィッシング(底引き網漁法)」とも呼ばれる。
投資手法が互いに似通っているアルワリード王子とバフェット氏
は既知の間柄で、アルワリード王子の資産はバフェット氏のそれ
には遠く及ばないが、王子は自身を「アラビアのバフェット」と
称し(名付けは米タイム誌)バフェット氏は王子に「私がアメリカ
のアルワリードです」と返答。――
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以下は、
インディペンデントとは、どんなものなのか?
また、ハリウッドは、誰がどのようにして作ったものなのか?について、
調べてみました。
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インディペンデント映画と表記する場合、
ハリウッドのメジャースタジオ6社の傘下に属していない独立資本や
アートハウス系のスタジオなどをインディペンデントとして扱います。
ハリウッドのメジャースタジオ6社とは、
1.ディズニー
2.ソニー・ピクチャーズ
3.パラマウント映画
4.20世紀フォックス
5.ユニバーサル映画
6.ワーナー・ブラザーズ これらの映画会社を指します。
indiesとは、
これら6社のメジャーの傘下に属していない会社のことなんですね。
そして、ハリウッドの映画産業は、東欧系ユダヤ人によって築かれ、
今尚、彼らの少数者支配体制で成り立っています。
それについて述べられている、
ヘブライの館さんの『映画産業を築いたユダヤ人』の記事より、
以下、抜粋転載します。
============================== 転載開始
『映画産業を築いたユダヤ人』
「映画」という分野は、最初の頃から東欧ユダヤ人の参画をもってスタートした。
初期の映画産業は、貧しく、無学な労働者層を観客とするもので、一般には「低級な娯楽」とみなされていた。
そのため、当時、この未成熟産業が大方の予想を裏切って主要産業へと急成長することを予測しえた者は極めて少なかった。
映画産業が誕生する前は、「演劇」が娯楽の中心だった。
ユダヤ人民衆にとって最大の娯楽は「イーディッシュ語演劇」だった。1900年にはバワリーには3つの「イーディッシュ劇団」が活躍しており、約80人のプロの役者を雇い、約12人の劇作家の作品を上演していた。一夜に6000人前後が劇場に出かけると推定された。ユダヤ演劇は栄え、1918年にはニューヨーク市内にほぼ20の「イーディッシュ劇場」があった。
しかし娯楽の王座は、演劇から映画へと移っていったのである。
当時の映画上映場は「ニッケルオデオン」と呼ばれた。5セント貨の通称「ニッケル」と、ミュージックホールを意味する「メロデオン」を組み合わせて縮めた名称である。
入場料金はニッケル、つまり5セントの場合が多かったのである。
「ニッケルオデオン」は急速に普及し、ニューヨーク市では1910年に450館あり、
1913年には800館に増えた。
ユダヤ移民の多くが住んでいた「ロワー・イーストサイド地区」には「ニッケルオデオン」が著しく集中していた。1908年にマンハッタンにあった123館のうち42館は「ロワー・イーストサイド地区」にあった。映画の最初の観客が大都市の貧しい移民労働者階級だったということは、映画史の研究者が一致して認めているところである。
映画は入場料が安かったし、また当時の映画が「サイレント」であり、英語の字幕がつく場合も非常に単純なものだったため、英語を知らなくても楽しむことができた。それに当時の映画は1本が15分か30分ほどの短いものが多かったから、気楽に立ち寄ることができた。
映画の中身は、風景や催し物、工場の様子などを撮影したニュース映画的なものも多く、風景を紹介する「旅行映画」は人気があった。フィクションの映画は、伝統的なメロドラマ、西部劇、文芸物、史劇、聖書物語、戦争物があったが、コメディが特に好まれ、「追いかけもの(チェイス)」がなかでも一番の人気だった。
追いかけて、追いかけて~、逃げて逃げて、逃げまくる~
マイケルの『ムーンウォーカー』も、「追いかけもの(チェイス)」ですよね~!
企業としての映画産業は東欧ユダヤ人をひきつけ、1903年頃までに、
数多くの東欧ユダヤ人企業家が映画製作業への参入を本格的に開始していた。
1913年頃にはユダヤ人所有の映画製作会社は、アメリカ国内で作られる全映画の20%を製作するまでになった。彼らの占有率は1920年代には更に高まっていった。
映画史上、1920年代という時代は、それまで零細資本が乱立していたこの業界において、「ハリウッド・メジャー」と呼ばれる8大映画製作会社の寡頭支配体制(少数者支配の体制)が確立される過程でもあった。この業界再編を加速したのが、1927年における「有声映画」の出現であった。音声再生装置には多額の設備投資が必要であったからである。
注:8大映画製作会社
1 ユニバーサルピクチャーズ(地球)
2 パラマウントピクチャーズ(山)
3 20世紀フォックス(20thFOXのロゴ)
4 ワーナーブラザース(WBのロゴ)
5 ウォルトディズニーカンパニー
6 ソニーピクチャーズエンターテインメント(女神像)
7 MGM/UA(ライオン)
8 ドリームワークスSKG
映画製作業は、既に1926年までにアメリカ国内で第5番目の大きな産業に成長していた。1930年代の中頃には、劇場経営まで含めた映画産業全体が吸収した雇用総数は32万5000人に達していた。映画製作に積極的に乗り出したユダヤ人は、映画産業を成熟させていく過程で、先行していたワスプ系(アングロ・サクソン系のプロテスタントの白人)の競争相手を負かし、成功を収めることができたのであった。
有名なユダヤ人監督・ユダヤ人俳優を少しだけ載せておきたいと思う。
ジョージ・キューカー 映画監督。「スタア誕生」「マイ・フェア・レディ」など
ウィリアム・ワイラー 映画監督。「嵐ケ丘」「ローマの休日」「ベン・ハー」など
ビリー・ワイルダー 映画監督。「昼下がりの情事」「アパートの鍵貸します」など
ロバート・ワイズ 映画監督。「ウエストサイド物語」「サウンドオブミュージック」
エリア・カザン 映画監督。「紳士協定」「欲望という名の電車」「エデンの東」など
ミロシュ・フォルマン 映画監督。「カッコーの巣の上で」「アマデウス」など
カレル・ライス 映画監督。「熱い賭け」「フランス軍中尉の女」など
シドニー・ポラック 映画監督。「トッツィー」「愛と哀しみの果て」など
ロマン・ポランスキー 映画監督。「ローズマリーの赤ちゃん」」「テス」など
ロバート・アルトマン 映画監督。「ザ・プレイヤー」「ショート・カッツ」など
ロブ・ライナー 映画監督。「スタンド・バイ・ミー」「恋人たちの予感」など
マイク・ニコルズ 映画監督。「卒業」「心の旅」「ウルフ」「バードケージ」など
バリー・レビンソン 映画監督。「レインマン」「わが心のボルチモア」「トイズ」など
スタンリー・キューブリック 映画監督。「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」など
スティーブン・スピルバーグ 映画監督。「ジョーズ」「ET」「シンドラーのリスト」など
スティーブン・ソダーバーグ 映画監督。「セックスと嘘とビデオテープ」など
コーエン兄弟 映画監督。「バートン・フィンク」「ファーゴ」など
メル・ブルックス 映画監督。「プロデューサーズ」「珍説・世界史パート1」など
オリバー・ストーン 映画監督。「プラトーン」「7月4日に生まれて」「JFK」など
フィリップ・カウフマン 映画監督。「存在の耐えられない軽さ」「ライジング・サン」など
ブライアン・シンガー 映画監督。「ユージュアル・サスペクツ」「ゴールデンボーイ」など
デヴィッド・フィンチャー 映画監督。「エイリアン3」「セブン」「ファイト・クラブ」など
アイヴァン・ライトマン 映画監督。「ゴーストバスターズ」「ツインズ」「ジュニア」など
エドワード・ズウィック 映画監督。「レジェンド・オブ・フォール」「戦火の勇気」など
ウディ・アレン 出演するだけでなく、脚本も書き監督もこなす才人
マルクス兄弟 トーキー初期のドタバタ喜劇映画で活躍
ダニー・ケイ 「虹を掴む男」など、TV番組「ダニー・ケイ・ショー」
トニー・カーティス 「お熱いのが好き」「パリで一緒に」「グレート・レース」など
ポール・ニューマン 「明日に向かって撃て!」「ハスラー」「スティング」など
エリザベス・テーラー 「家路」「クレオパトラ」「じゃじゃ馬ならし」など
ナタリー・ウッド 「理由なき反抗」「ウエスト・サイド物語」など
ジューン・アリスン 「若草物語」「グレン・ミラー物語」など
ドリス・デイ 「知りすぎていた男」「夜を楽しく」など
リタ・ヘイワース 「ギルダ」「上海から来た女」「血と砂」など
ディーン・マーティン 「キャノンボール」「ザッツ・ダンシング」など
チャールズ・ブロンソン 「機関銃ケリー」「ブレイク・アウト」「狼よさらば」など
ウォルター・マッソー 「恋人よ帰れ!我が胸に」「おかしな二人」「JFK」など
ジェームズ・カーン 「雨の中の女」「遠すぎた橋」「イレイザー」など
ハーヴェイ・カイテル 「バグジー」「アサシン」「フェアリーテイル」など
リチャード・ドレイファス 「グッバイガール」「陽のあたる教室」など
エイドリアン・ブロディ 「わが街セントルイス」「エンジェルス」など
ダスティン・ホフマン 「クレイマークレイマー」「パピヨン」「卒業」など
ビリー・クリスタル 「恋人たちの予感」「地球は女で回ってる」など
ジーン・ハックマン 「フレンチ・コネクション」「許されざる者」など
ピーター・フォーク 「刑事コロンボ (TVM)」「カリフォルニア・ドールズ」など
ジェリー・ルイス 「底抜け大学教授」「キング・オブ・コメディ」など
ハリソン・フォード 「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」など
リバー・フェニックス 「スタンド・バイ・ミー」「旅立ちの時」など
ジェフ・ゴールドブラム 「ザ・フライ」「ジュラシック・パーク」など
デイヴィッド・ドゥカヴニー 「Xファイル ザ・ムービー」など
レナード・ニモイ 「スター・トレック」「SF/ボディ・スナッチャー」など
ベン・スティラー 「メリーに首ったけ」「ケーブル・ガイ」など
アダム・サンドラー 「ビリーマジソン」「ハッピーギルモア」など
ロブ・シュナイダー 「ジャッジ・ドレッド」など
スティーブン・セガール 「沈黙の戦艦」「暴走特急」「グリマーマン」など
メリル・ストリープ 「クレイマークレイマー」「ソフィーの選択」など
ゴールディー・ホーン 「永遠に美しく」「世界中がアイ・ラヴ・ユー」など
ベット・ミドラー 「フォー・ザ・ボーイズ」「殺したい女」「ステラ」など
バーバラ・ストライサンド 「ファニー・ガール」「マンハッタン・ラプソディ」など
アリシア・シルバーストーン 「ダリアン/美しき狂気」「クルーレス」など
ローレン・バコール 「プレタポルテ」「マンハッタン・ラプソディ」など
サラ・ジェシカ・パーカー 「エド・ウッド」「マーズ・アタック」など
キャリー・フィッシャー 「スター・ウォーズ」「メイフィールドの怪人たち」など
ナタリー・ポートマン 「レオン」「ビューティフル・ガールズ」など
ウィノナ・ライダー 「恋する人魚たち」「エイジ・オブ・イノセンス」など
ソーラ・バーチ 「パトリオット・ゲーム」「今そこにある危機」など
クリスティーナ・リッチ 「アダムス・ファミリー」「キャスパー」など
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長文、お読みいただきまして、誠にありがとうございました
