ネルソン・マンデラ元大統領が、
危篤状態に陥っていることが報じられています。
平和の「虹の国」の父、マンデラ氏、
すべての色をひとつに体現している「クジャク」のように
愛をもって全ての人種をひとつに・・と思い描いたマイケル、
二人は、互いの勇気に励まされ、その思想に共振し合い、
信頼しあった朋友でした。
Michael Jackson meets Nelson Mandela - 'MJ & Friends' Announcement
March 23, 1999 - Michael Jackson met Nelson Mandela in Cape Town, South Africa, to announce his charity concerts entitled "Michael Jackson & Friends - The Adventure of Humanity", the singer's shows being centered upon "the concept of giving" and the theme-song, "What More Can I Give".
コンサートに出演する予定のアーティストは、
ルチアーノ・パヴァロッティ、スティーヴィー・ワンダー、スコーピオンズ、ヴァネッサ・メイ、ボーイズⅡメンと告知された。
1999年マイケルのケープタウンでのメッセージ
'MJ & Friends' 開始告知 (和訳・byてん)
※上の会見の短縮Vとは若干内容が異なるマイケルのスピーチのfull textです。
驚異的な勇気と威厳とをもって、私たち皆の手本となって20世紀に
光を与えた人物の隣で、このプロジェクトを発表出来る事は、
私にとって、この上ない光栄です。
私は、6月1日韓国のソウルで2つ、そしてミュンヘンでひとつのコンサートを行うつもりです。
そして、私はどちらか一方の会場、または両方の会場に私の友人を招くつもりです。
私は今年、マンデラ大統領と以前の議論の中の「Giving 与える」という概念について議論しました。そして、この言葉'What More Can I Give'が、私の心に去来し続けていたのです。
この歌は、私自身のものとなり、これらのショーのテーマとなるでしょう。
私たちは皆、与えなければなりません。そして、私たちは皆、この世界の不必要な苦しみを終わらせる手助けをしなければなりません。
収益金は、三つの組織、ネルソンマンデラ子供基金、赤十字、そしてユネスコに行きます。
私は、長年に渡り、多くを行ってきたこれらのチャリティーに関わらせて頂くことを誇りに思っています。人々の為に働く人は、何かの事情のために時に困難や、危険な状況の中におかれますが、これに対し、私は最大の尊敬と賞賛の念を感じています。
'What More Can I Give もっと私にできることは何だろう?'私たち皆のために。
私は、皆に与えることを促すのです。つまり、皆はこれらのコンサートの間中、彼らの人生―与える仕事をし続けるチャリティーを助けることができるのです。
この発表を行うにあたり彼の大統領官邸を使わせていただくことができましたこと、マンデラ大統領に、改めて感謝いたします。ありがとうございました。皆さんを愛しています。
―原文―
This is an immense honor for me today to announce this project next to a man whose extraordinary courage and dignity has lit up the twentieth century in such a manner that he truly is an example to us all.
I shall be undertaking two concerts in June-one in Seoul in the Republic of Korea and one in Munich-and I shall be inviting some of my friends to help me during the shows by performing at either one or both of the venues.
In an earlier conversation I had this year with President Mandela, we discussed the concept of giving and the words 'What More Can I Give' kept coming into my mind. That will be a song of mine and a theme for these shows. We all have to give and we all have to do what we can to help end the needless suffering in the world.
The monies raised will go to three organisations-the Nelson Mandela Children's Fund, the Red Cross and UNESCO. I am proud to be associated with these charities who, over the years, have done so much for so many.
The people who work for them, often for some in difficult and dangerous situations, have my greatest respect and admiration. […]
What More Can I Give? On behalf of us all, I urge everyone to give what they can during these concerts to help these charities continue their life-giving work. My thanks again to President Mandela for allowing us to use his residence to make this announcement. I love you."
Live From Munich 1999 Michael Jackson & Friends Concert
さて、マイケルは、「韓国と北朝鮮とを繋ぐ橋」をイメージし、
スペシャル・ナンバー "The Bridge Of No Return" を考えていたと言います。
プロデュースは、マイケル自身とケニー・オルテガ。
6月27日、ドイツ・ミュンヘンのオリンピックスタジアムで開催された
『 Michael Jackson & Friends』は、
マイケルに召集された国際的に活躍するミュージシャン30組余、
スコーピオンズ,バネッサ・メイ,ボーイズIIメン,サーシャ,ケリー・ファミリー等が
出演し、62,000人のファンを熱狂させた約9時間に及ぶショーとなりました。
このクラッシック・ポップ・マラソンの最後を飾ったのがKing of Popです。
"Earth Song" のクライマックス・・・
乗っていた高さ14mの鉄橋が予定外の速さで落下する事故が発生。
マイケルは、show must go on!!・・ステージを貫徹、終了後、病院へ搬送されました。
後に、この時の負傷により、マイケルは慢性的に背中の痛みを抱えることになります。
マイケルの勇姿を全編で、どうぞ。
万全を期しても事故は起こり得る・・というものの、
この事故は、マイケルの芸能人生の中でも
ペプシCM事故と並ぶほどの一歩間違えば命を落としたかもしれない大事故でした。
―どうぞ、これから語る話は、マ狂の妄想的推理として、差し引いて聞いてくださいね。
マイケルのヘッドセキュリティーのウェイン。。(5th Sep.2001に退職なさったそうです)
マイケルファンの多くは、皆、ご存知ですよね。
マイケルや彼の子供たちをシッカリと守り、
何より、ファンとマイケルとの懸け橋となってくれる親切な彼は、
世界中のマイケルの追っかけファンから、多大な信頼を寄せられ、愛されていた人です。
Mr.Wayne Naginです。
あの、皆が大好きな・・セキュリティ~!ドンキルイッ!の人ですね!
この方は、マイケルの友人であり、ガッチリと彼を守る忠実なボディガードだったのですが、
1999年の'MJ & Friends' のソウル公演では、到着時、400人の警官と40人のガードマンが、マイケル一行を集中警護するような状態のソウルで、ウェインに何かあったのか、
松葉杖を必要とするほど足の股関節を痛め、他のセキュリティーが警護に
当たっていたそうです。
1998年、マイケルは、「太陽政策」という北朝鮮への友好的な外交政策とった
の金大中大統領就任式にも列席しましたが、
1999年の『 Michael Jackson & Friends』は、「南北統一」というような、
ある種、政治的なメッセージを伝えるラディカルなツアーで韓国を訪れました。
つまり、デンジャラスツアーが「東西統一」のドイツのミュンヘンからはじまり、
ヒストリーツアーが、革命後のチェコのプラハからであったように。。
但し、これまでのツアーと違っていたのは、
未だ統一が成されていない地への挑戦であったということです。
そのツアーで、マイケルの近辺に目を光らせる、
最も重要な人物、ヘッドセキュリティーのウェインがいなかったことになります。
マイケルの周辺は、イレギュラーな状況の警護だったんですよね。
そこで、起きた、重大な事故・・
それが、この「南北を繋ぐ架け橋の落下」なんですものね。。
私は、以前から、ひょっとして、この事故は、単なる事故ではなく、
マイケルに仕掛けられた ↑dangerous situations・・・
危険な工作・・なのではないかと感じていました。
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つづく・・。