今日は、『Can't Let Her Get Away』です!
この曲を訳すにあたって、
この曲にどのような背景があるのかについて・・
やはり、マイケルが生きたデンジャラスな時代を振り返って
感じてみたいと思います。
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エボニー誌(94年/10月)のインタビューによると、
マイケルは、リサとの恋愛について、
アルバム「デンジャラス(1990年6月25日 - 1991年8月29日)」を制作していた頃、
二人の関係は、新たな局面を迎えたと言っています。
マイケル曰く、「the gile is mine」「the way you make me feel」と言わなければならない時が来たと。。
そして、誌面では「Remember the time」「Can't Let Her Get Away」のインスピレーションは、彼女が授けたということが書いてあります。
「Can't Let Her Get Away」が、
リサによってもたらされたインスピレーションによる曲だとするならば・・
彼らは、正に、このアルバムのタイトルどうり、
デンジャラスな恋をしていたということなのですね。。
絶対に、手放せない!!・・と歌われるのは、恋人、リサマリー・プレスリー・・
当時、リサは同じサイエントロジー信徒のキーオ氏と結婚していて、
二人の間には、ライリーちゃんという子供にも恵まれていたのですから。
「Can't Let Her Get Away」の歌詞のように、
Still You Said Goodbye・・なのに 君はさようならと言った
I Can't Let Her Get Away 僕は彼女を手放せない
別れを口にしても、離れることも一つになることもできない危険な恋。。
そんなさなか、1992年初頭、リサは夫との間の第二子を懐妊。。
マイケルの方は、「ヒール・ザ・ワールド基金」のために
デンジャラスツアー、1st Leg (1992/6/27~10/1)に旅立ちます。
そして、ちょうどマイケルのツアーのインターバルの時期に、
リサは、サイエントロジーの「サイレントバース」のスタイルで第二子を出産。
通常ならば、二人の恋は、前途多難。。いや、もはや絶望的です。
これが、狭量な常人の恋ならば。。。!!
しかし、マイケルは、この世界に子供が生まれて来ることは、いかなる場合も、
心から喜んだことでしょう。誰の子供であっても我が子のように。。。
マイケルがツアーから一時帰国し、羽根を休めていたこの時期、
彼らは、ロスで会っています。
(wikiには、大人になっての付き合いが始まったのは、ロスで1992年11月だと
この時のことを書いてあります・・ミステイクですよね・・汗)
やはり、彼らは、ずっと絆をもち続けていたのですね。
おそらく、世界中探しても、二人のような特別な星の元に生まれ、
互いを解り合える人は他にはいないのでしょうから。。
そして、デンジャラスツアー2nd Leg(1992/12/12~1993/11/11)、
この中盤の1993年2月、マイケルが現代のミケランジェロと称す彫刻家、Brett Livingstone-Stone宅で二人は会食しています。
その後のツアー中も、頻繁にラブコールしていたと言います。
しかし、その年のツアー終盤、あのチャンドラー事件が勃発するのです。
警察、マスコミは、マイケルに凶暴な牙をむき、
世論もそれにリードされマイケルに謂れのない批判を浴びせます。
孤立無援のような状況に陥ったマイケルを、毎日のように電話をし
親身に支え続けたのがリサでした。
しかし、マイケルは、過酷なツアーを続けながら事件の重圧に耐えるため、
またツアー前に頭皮手術を受けていたことも一因し、
重度の鎮静剤中毒に陥ってしまいます。
この危機的状況を救ったのが、エイズ撲滅運動の同士、
エリザベスとエルトンでした。
彼らは秘密裏にマイケルを薬物治療施設に送り込みます。
この間、リサとマイケルは、一時連絡が取れなくなっていました。。。
1993年8月21日ネバーランド家宅捜査。家財を破壊し私物を押収。
1993年8月23日児童性的虐待疑惑の訴訟が世界中にニュース速報。
1993年11月11日ツアー中止。
1993年11月12日刑事捜査の開始、民事訴訟の提訴など心労が重なり
鎮痛薬依存症が悪化。 薬物依存症の治療の為に入院。
1993年12月20日警察による全裸取り調べ。
michael jackson at the 1994 naacp awards
・・さぁ! その後、マイケルが公に力強く復活した姿を現し、
周囲をあっと言わせたのが、↑コレです!
1994年1月5日
1994年2月22日TV The Jackson Family Honors
そして、リサを同伴して臨んだという↑コレ!
タラボによると・・
1994年2月1日リサに電話し、ラスベガスのテンプテーションのショーに行こうと誘う。
ショーのバックステージで、マイケルがリサにキスしているのをOtis Williamsが目撃。
2週間後、2月22日、ラスベガスのMGMグランドでTV The Jackson Family Honors
にリサを同伴。マイケルは家族とは別のMirageに宿泊。
ラスベガスから戻ると、マイケルはリサをネバーランドに招待。
5歳のダニエルと、8ヶ月のベンジャミンはナニ-に預けて、二人でネバランを散歩した。最初の二日は、リサと彼女の子供は訪問者用邸に宿泊。3日目の夜は、ろうそくが灯されているテラスで夕食を共にし、豪華な3連の真珠のチョーカーをプレゼント。
リサはマイケルのベッドルームに宿泊。
1994年5月6日リサ、キーオと離婚。キーオとの別れを公にしドミニカ共和国に飛んだ。
1994年5月26日(35歳)リサ(26歳)マイケルとドミニカ共和国で結婚。
そして、そして、1994年9月8日、MTV Video Music Awards
リサをかっさらって結婚後にみせた、あのkissの↓コレ!!
プレゼントの真珠のチョーカーしてますね~リサ❤
マイケルとリサの危険な恋は、
結婚、離婚・・
その後も。。
彼らは、約10年・・
「Can't Let Her Get Away」でした。。
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Can't Let Her Get Away
written by Michael Jackson & Teddy Riley
Can't Let Her Get Away・・
和訳など、、つづく・・・。