☆忌野清志郎週間☆ | ☆Dancing the Dream ☆

☆Dancing the Dream ☆

Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆


RC初期(73年)  (収録では高校の同級生・三浦友和がボンゴで参加)


『シングル・マン』の先行シングル、名曲「スローバラード」。
*1974年、・マネージャー奥田、井上陽水がホリプロに造反、独立。
RCは、契約が残っていた為、移籍できず、ホリプロ内で干され、飼い殺し。


スローバラードが・・・数ヶ月で廃盤ですよ叫び
*1976年ホリプロから、「りぼん」(陽水&側近・マネージャー奥田の事務所)に移籍。
事務所のプロモーションを受けられず、恵まれない状況の中、販売不調のまま
『シングル・マン』廃盤。


81年、野音









清志郎のファースト・ソロ・アルバムRAZOR SHARP
(1986年ロンドン・レコーディング)


"HARD TIMES LIVE 1989"リリースされていない新曲中心という異例ライブ!
レコード会社に対する不満からステージ上で「録音自由化」を宣言叫びアップ
1991年、RC、無期限活動休止。


1994年、特番・EVERYDAY WE HAVE THE BLUES ―生きる―
仲井戸麗市&忌野清志郎
北海道旭川の牧場にて。

「角川ブルース」は、ここでしか聞けませんアップ
ああ!!清志郎&チャボ の「君が僕を知ってる」ドキドキ合格







覆面バンド、THE TIMERS(88,89年活動、94年復活)のゼリーでもあった頃・・ニヤ
1994年、プライベート・スタジオ「ロックン・ロール研究所」通称:ロッ研を設立。
山本キヨシ/清志郎の楽器係り(Vo,g)忌野清志郎(dr)栗原竜平(chorus,harp)
タッペイ君の可愛い声と、ハープが聞けるにひひ


    $☆Dancing the Dream ☆
    推薦図書☆生卵―忌野清志郎画報
    ロックンロール研究所 (編集)
    1995年発行


    ↑からのインタビューよりラブラブ



――何して遊ぶんですか?


「まず6時ごろになると、
飼ってる魚に餌をやるんですけど、
そのとき一緒に台の上に乗っけてあげるとね、
子どもがいろいろなものをぶちこんじゃうんですよ。
そういうのを注意したりですね(笑)。
いやいや大事なのよ、そういうの。
それとか魚の名前をいろいろ教えたりとか。

そのうち『おんも』とか言うから、
だっこして外に新聞取りに行ったりして。
あとベランダから外を見せたりですね。
あと絵本みたいなのがあって、
そこにじゃじゃ丸とかそういうシールを貼って、
それをやり始めるんですよ、勝手に。
ぜんぜん関係ない床とかに貼っちゃうのね。
だからそういうのを注意したり」



――注意が多いですね。


「ええ。
そうこうしてるうちに
隣の部屋にファクスとかあるんですけど、
親がやってるのを見てね、
いろいろぶちこんじゃうんですよ。
勝手に押して。そういうのをちょっと……」



――注意したり……(笑)。
 子どもができて、そうか人間てこうだったのか、
 という発見ってありませんか?


「よくあります、それは。
衛星放送とか3チャンネルで、
5時とか6時ぐらいから子どもの番組がつづくんですよね。
童話みたいのとか。
結構、それを見て泣いちゃったこととかあるし。
ジーンときちゃったりね。
いろいろ参考になるな、子どもと一緒にいると。
みんな早く子どもをつくればね、
企業が頑張るとか、金持ちは偉いとか、
そういうのもなくなると思うんですけど」




――子どもを見ていると、
 自分の人生をまたリピートしているような部分とかを
 見るようなときもあるんじゃないですか。


「いやあ、ありますね。
いろいろ思い出すことは多いですよね。
忘れたのに」



――ありふれた言い方だけど、
 素直になるという感じでしょうかね。


「そういう感じはありますね。
隠すことがなくなっちゃったような。
それまでもけっして
隠そうとしてたわけじゃないんだけどさ」



――子どもさんに、こういう歌を聴いて育ってほしいなと
 いうようなことはないですか。


「やっぱりいい歌を、運よく聴いて育ってほしいな。
商業ベースでつくられたようなつまんないのはやっぱり」



――たとえば
 子どもさんがこれから育って大きくなっていく時代に、
 原発とかがあるというのはまずいかなとか、
 改めて思ったりするんですか。



「むこうは改める気はないみたいですからね、国というか。
だから、そんな中でも生きていけるように、
そういう体になってほしいななんて」
 


「(前略)
最初は、女の子が欲しいなと思ってたんだよ。
女の子だったら、きっと
母親の生まれかわりが出てくるんじゃないかと思ってさ。
期待してたんですけどね」




――妊娠中にもうわかるでしょう、今は。


「そうそう。
で、途中で男だというのがわかった」



――ガックリきました?


「それがさ、もう3倍ぐらいうれしくなっちゃったの、今度。
不思議なもんで。ヤッタア、みたいな」


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(前略)
――自分が死ぬということは考えますか?
――それともいつ死んでもいいような感じがするとか。


「うん…子供できるとそういう感じになりますよ。
竜平ちゃんももう6歳だし、
モモちゃんも3歳だからもういいかっていう…」



――もういいか(笑)。


「いつ死んでも大丈夫だな…みたいな」

(中略)
「オレも死にたくないよ(笑)。
でも、死んだとしてもまあいいかなっていう感じは…。
竜平くんとか生きてれば。
俺だけ死ぬんならまあいいかなという…」





「本当にドンドンやんないといかんのだと思ったんだ、
あの頃は特に。
とことんやんないと人間はいつ死ぬかわかんないんだし、
こんなことがいつまでも続くわけじゃないんだし、
と思ってバンバンやったんですよね。
……自分が病気になったりとかね、うん」



――それ以前は、ある意味では
 時間は無限にあるような感じもあった?


「そうですね。
それと竜平ちゃんができてさ、
お母さんが妊娠してる時にタイマーズやってたじゃない?
僕じゃないけどさ。
子供ができたらとてもじゃないが
ロックなんかできなくなるだろうと思ったわけ、
強迫観念で。
それでもう急がないといかん(笑)って」



――子供がいる状態での
 ロックンローラーの人生というのが
 あんまり見えなかったんですね。


「見えなかったですね、まったく」


――でも、やってみたらできた訳ですよね。


「そうなんです(笑)。
そういった意味では全然変わんなかったんですけどね。
みんなに自慢しちゃったくらいで。
曲作りの修行になったのかもしれない、あの時期が。
もう悩まなくっていいんだということが
わかったのかもしんない」




モモヨちゃん、かわゆすぎラブラブ





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  ご覧いただきまして 誠にありがとうございましたおじぎ




☆Dancing the Dream ☆


 あの~、ところで・・


 これ、キヨタンなんですけどね・・

 一瞬、誰かさんに似てませんかね??? マのつく人に・・
?