
《あらすじ》
うら寂れた砂漠のモーテル“バグダッド・カフェ”にやって来た一人の女。
無愛想な疲れた顔のカフェの女主人は、この珍客、薄気味悪い大女ジャスミンを
いぶかしむ。
彼女はミュンヘン郊外の田舎町、ローゼンハイムから観光にやってきたが、ディズニーランドからラスヴェガスの道中で、夫と喧嘩別れになり、砂漠のど真ん中、重いトランクを提げてたどり着いたのが、このカフェなのだ。
“バグダッド・カフェ”の住人は、不機嫌な女主人ブレンダ、赤ん坊をかかえたその息子と小さな娘。昼寝ばかりしているバーテン。役立たずの亭主は、ブレンダに追い出されて、カフェのそばの砂塵の舞う砂漠に車を停め、その中で暮らしている。
この安宿の常客も、ハリウッドから流れてきたウクライナ人画家、トラック野郎相手の女刺青師、ヒッチハイカーと風変わりな者ばかりだ。別世界に足を踏み入れたジャスミンだが、娘や息子と心を通わしはじめる。やがて、客相手に手品を披露することを思いつき、これが客の評判となる。手持ち無沙汰で荒れたモーテルを勝手に掃除した彼女に、怒りを爆発させたりするブレンダだったが、次第に彼女に心を開いていくのだ。
ジャスミンが、すっかりカフェの一員となった頃、ビザの期限切れと、労働許可証の不所持を理由に、西ドイツへの帰国を命じられる。そして、明るい兆しの見えてきたカフェを、ついに去るのだ。
なぜ帰るのかという皆の問いに“Too much harmony”と答えて。。
しかし、数カ月後、ジャスミンは“バグダッド・カフェ”に戻ってきた。
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パーシー・アドロン監督のドイツ映画「バグダッドカフェ」BAGDAD CAFÉは、
大好きな映画のひとつです。


しかし、謎だったんですよね~
●アメリカの砂漠の真ん中にあるカフェの名が、なぜ「バグダッド」なのか?
●ポスターの絵の、スーツの女性は、なぜ「貯水タンク」を磨いているのか?
映画の中では、これについて、まったく触れられていません。
かれこれ20年以上前の映画・・
長年の疑問を改めて考えてみたいと思います

↑梯子をかけて、この貯水タンクを磨いている
主人公、マリアンネ・ゼーゲブレヒトの役名は・・・
Jasmin Münchgstettner [ ヤス ' ミーン ' ミュンヒクシュテットナァ ]
この主人公の名前の由来を調べてみました

■Jasmin とは・・
「ジャスミン(語源:アラビア語で夜の意)」

“民間療法で薬効があるとされるジャスミン”
和名=シロモッコウ。
■ Münchgstettnerとは・・
Münch [ 'mʏnç 'ミュンヒ ]=「修道士」
Gstettner [ 'kʃtɛtnɐ クシュ ' テットナァ ]=「岸辺に住む人」
Jasmin Münchgstettner という名は、
「いい香りのする薬草ジャスミンのように人を癒す、岸辺に住む人」と
いう意味になるでしょうか。


さて、パーシー・アドロンPercy Adlon、監督は
“アマーラント・アム・シュタルンベルガーゼー”
という湖畔の町に住んでいました。つまり・・・
パーシー・アドロンその人こそが Gstettner=「岸辺に住む人」だったんですね

ドイツ人監督パーシー・アドロンは、アメリカの砂漠に一人降り立った異邦人、
主人公のドイツ女性ジャスミンを自分自身の分身として描いたのでしょう。
荒涼とした砂漠では、なによりも「水」が大切です。
地球では、砂漠化が進み、陸地の約40%を占めて、
砂漠地帯に世界人口の約5分の1の人びとが生活しており、
北アメリカでも12%が砂漠化地域になっているということです。
人の心も同じでしょうか。。。

ですから、ジャスミンは、ヨーロッパ的でこの気候に不似合いな格好をしていますが、
砂漠の命のオアシス、「貯水タンク」をせっせと磨くのです

真面目で働き者のドイツ人気質を発揮して、
カフェの皆に美味しい水を飲ませるために・・・

彼女自身が、砂漠のイシス、大きな貯水タンクのようですけどね。。( ´艸`)
また・・
パーシー・アドロンが、映画というエンターティメントで
人々の乾いた喉を潤し、心を癒すように・・・

そして、ですね・・・
。

ね?( ´艸`) マイケル・ジャクソンも同じような表現をしていますよ~~

砂漠で、旧式の水の汲み上げ器の前で、愛を交わしております

乾いた土地にも、乾いた心にも、地下水が眠っているのですね

BAGDAD CAFÉのパーシー・アドロンも
IN THE CLOSETのマイケル・ジャクソンも
砂漠のオアシス
という訳です~

バグダットカフェのBagdadって???
イラクの首都のバグダッド??
バグダットカフェがポツンと建っていたのは、モハヴェ砂漠 Mojave Desertです。
歌でもお馴染みの「Route 66」にあったBagdad。この街の名なんですね。
Route 66が1985年に廃線になり、Interstate 40が開通し、
モハヴェ砂漠では、多くの街がゴーストタウンになってしまいました。

アメリカの砂漠の街、Bagdadもそんなゴーストタウンのひとつなのです。


バグダットカフェは実在してたんですね!
モハヴェ砂漠のまたがるネバダ州では、ゴールドラッシュで数多い中国人が抗夫として入ってきて以来、アジア系アメリカ人が州内に住むようになりました。続いて19世紀後半には日系人が農業労働者として入ってきます。
第二次世界大戦中に日系人が収容されていた強制収容所の1つであるマンザナール収容所も、この砂漠地帯の中にあったのです。
なぜアメリカにBagdadという名の街が存在していたのか?
それは、アメリカがまさに「移民の国」だからなんですね。
Sid Graumanが、エジプトシアターに次いでハリウッドのチャイニーズシアターを
建設し、その国際色をアピールして成功したのも、人種の坩堝であるアメリカならでは
なのでしょう。ラスベガスは、まるで万博のようなカジノの街です。
そして、アメリカには、世界の中の街の名が存在します。
移り住んだ人々が、遠い故郷の街の名に因んで名付けたのですね。
Michael Jackson In Berlin Hotel Adlon
マイケルが、ベルリンで宿泊したホテル・アドロン・ケンピンスキー。
バシールのドキュメンタリーを撮っていた頃ですね。ここで、ブランケットを初めて
ファンにお披露目した姿が「赤ちゃん吊り下げ」と、酷く書き立てられました。
これ関しては、マイケルは謝罪を表明しました。
男親は、時に乱暴な遊びで子供を楽しませ、時に度がすぎることがありますね。
お正月に子供にお酒を飲ませて、ヘベレケにさせちゃったりしました。。うちでは。

確かに褒められたことではない。マイケルもハイになってやってしまった過ちだけれど、マスコミの育児権剥奪と息巻く騒ぎ方も異常でした。
さて、パーシー・アドロン監督のAdlon「アドロン」という姓にお気づきでしょうか?
ホテル・アドロン・ケンピンスキーの創業者は 、
“ローレンツ・アドロン” Lorenz Adlon・・・。
ドイツ南西部のマインツMainzの生まれ。靴職人の息子で9人兄弟の6番目。
大工として修行した後、旅行者の為のカフェを構え、ドイツ料理店とホテルを経営。
バイエルンでアムステルダムの博覧会景気により成功しました。
ペルシー・アドロン監督は・・・
ホテル・アドロンの創業者、ローレンツ・アドロンの末裔 だったのです。
ローレンツ・アドロンの曾孫がペルシー・アドロンになります。
それどころか、彼は、ローレンツのあとを継いでホテルの経営にあたった
ルーイ・アドロン Louis Adlon の孫だということです。
砂漠の寂れた「バクダッドカフェ」に訪れ、こまごまと働き皆を和ませ、
福寿をもたらしたジャスミンのストーリーは、
「アドロン家」の物語でもあるのでしょう。
その子孫アドロン監督は、フィルムメーカーになりました

マイケルの子供たちも、それぞれが望む道を歩んでいけることを願っています

最後にBAGDAD CAFÉのテーマ曲を

(Holly Coleの方がお馴染みかもしれませんが、この映画のために作られ歌われた
Jevetta Steeleのヴァージョンの方がオリジナルです。)
コーリング・ユー/Calling you
ラスベガスからあてもなく続く砂漠の道
あなたがいたところより、いくぶんマシな場所
修理が必要なコーヒー自販機がある
ちょうど曲がり角の小さなカフェ
わたしはあなたを呼んでいるの
わたしの声が聞こえない?
わたしはあなたを呼び続けているのよ
熱く乾いた風が吹き抜けていく
赤ん坊は泣きっぱなしで眠ることもできない
変化が近づいているのを、わたしたちは知っている
もうすぐそこまで、心解き放たれるときがきていることを.
わたしはあなたを呼んでいるの
わたしの声が届いていることは分かっているわ
わたしはあなたを呼び続けているのよ
ラスベガスからあてもなく続く砂漠の道
あなたがいたところより、いくぶんマシな場所
修理が必要なコーヒー自販機がある
ちょうど曲がり角の小さなカフェ
熱く乾いた風が吹き抜けていく
赤ん坊は泣きっぱなしで眠ることもできない
でも変化が近づいているのを、わたしたちは知っている
もうすぐそこまで、心解き放たれるときがきていることを
そしてわたしはあなたを呼び続けるの
わたしの声が聞こえない?
わたしはあなたを呼び続けているのよ
(日本語訳:東エミ)
*ジャクソン5もモータウンのオーディションのために
ジョーの運転する小さなバンにギュウギュウ詰めに乗って、
東からルート66を通って、ロサンジェルスにやって来たのですね~


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お読みいただきまして 誠にありがとうございました
