エストニア旅行記 ~ タリン① | Wunderbar ! なまいにち

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まだまだひよっこですがクラシック大好きです。知識は浅いがいいたか放題・・・!?

先月夏季休暇をもらい、バルト三国&ポーランドまで行ってきた飛行機

駆け足で巡り、すでにもう忘れそうなので備忘録のために少しずつ記録に残そうと思う。
(自由勝手な文章で、間違ったことを書いてしまうかもしれないので、これから行こうというかたには参考にならないかもしれませんがすみませんっっ汗)

まず、バルト三国とは・・・エストニア、ラトヴィア、リトアニアのこと。旧ソ連です。
地図でみるとこんな位置関係になってます。 ↓


(ツアーでもらったガイド冊子から)


最初に行ったのがエストニアエストニアの首都タリン。
ヘルシンキから飛行機で35分程度ですぐ着いちゃいました。


初エストニア~エストニア

ここでちょっとエストニアについて・・・

エストニアは人口約131万人(うちタリンの人口は41万人)。福岡市の人口が155万人くらいなのでそれよりも少ない!
公用語はエストニア語だが、それを話す人口自体が少ないので国外に出たときに苦労しないようにと外国語の教育は徹底していて、現地ガイドさんの話によると90%くらいの人は英語ができるそうだ。

翌日は一日かけてタリン観光。


たまたまその日はマラソン大会の開催日で、市民ランナーの姿をたくさん見た。


これがゴールのゲートみたい。


風にたなびくエストニアの国旗。エストニアの国旗エストニアは上から青、黒、白の3色なのだが、現地ガイドさんのお話によるとこれは各々「空」「大地」「自由」をあらわしているとのこと。
(青が空と自由、黒は独立が失われていた時代、白は明るい未来を象徴という話もある。)
シックな国旗で私は好きだなぁきらハート

自由広場でバスを降りてトームペア(山の手 Toompea)を目指します。

まず見かけたのが日本大使館。↓



この日本大使館そばには桜の木が何本か植えられていた。↓




これらの桜の木は1995年に日本・エストニア友好協会によって贈られたのだそうだ。


大使館の前を通って坂道をのぼっていくと見えてきた塔がコレ ↓
(写真には写らなかったがほんとはオレンジ色の三角の屋根があります)


「キーク・イン・デ・キョク (Kiek in de Kok)」と呼ばれる塔。
これは「台所をのぞけ」という意味だそう。

1475年に建造された高さ49.4mのかつての砲台で、塔の上から民家の台所をのぞき見できることから見張りの兵士たちがつけた名前という。

外壁をよくみると9つ?の砲弾が埋まっていて、これは1577年のロシア軍の砲撃によるものだそう。 現在は博物館になっていて、塔の下にはスウェーデン時代に作られた300年前の地下道があるらしくてトンネルツアーもあるとか!(ただ行った日は日曜でどちらも休館日だった)


この塔を通り過ぎるてほどなく今度は四角い塔が見えてきた。↓


「処女の塔 Neitsitorn」
別名「乙女の塔」ともいい、中世時代に売春婦を収容した監獄。(皮肉な名前だなぁ)
現在は中にカフェもあるそうだ。


そしてさらに城壁に沿って歩く。

そしてトームペア(山の手 Toompea)へ。
トームペアとは旧市街西側の丘の上に築かれたかつての軍事拠点。

そのトームペアにでーんとそびえたつのがコレ ↓


「アレクサンドル・ネフスキー大聖堂 (Aleksander Nevski katedraal)」



1901年当時エストニアを支配していた帝政ロシアが建てたロシア正教教会。
エストニア人の民族運動を抑えるために建造が始まったという。

ロシア革命後に独立をはたしたエストニア人たちはこの大聖堂を壊そうとしたが、ロシア系住民の反発で実現せず、ソ連からの独立後にも取り壊す話が持ち上がったものの今に至るそうだ。
ガイドブックには今もエストニア人はこの建物を好ましく思っていない的なことが書いてあった。

内部には日露戦争の戦死者を追悼するプレートがあるそうだが、気づかなかった!にゃ

中に入ると日曜日でちょうどミサ中。
ほんの短時間だがロシア正教のミサを初めて見た。頻繁におじぎをしては十字を切っている姿が印象的で、熱心な信者が大勢いた。


この大聖堂の対面にはコチラがあります。 ↓


「トームペア城 (Toompea loss) 」

このピンクの建物がお城!?という感じだが、この建物はトームペア城のいわゆる本丸の部分で、現在は国会議事堂となっている。

写真の部分はほんの一部、表から見てる部分で実際のトームペア城はこんなに広いのだった・・・ ↓


(現地の掲示板より)

代々の支配者の住まいとなったお城だそう。
18世紀後半のロシア帝国の女帝、エカテリーナ2世の命によって建てられたバロック様式のお城です。

そしてこの本丸の南側のはしっこに塔があります。↓


「(トームペア城と)のっぽのヘルマン (Pikk Hermann) 」

建造は14世紀で今は15世紀頃の姿のまま残されていて、50.2mの高さの塔の上には代々の支配者の旗(1989年まではソ連の国旗)が掲げられてきた。
現在はもちろんエストニアの国旗が毎朝日の出の時間に国歌とともに掲揚されている。

のっぽのヘルマンを裏からみるとこんな風になってるらしい。↓


(webよりお借りしました)


トーム・コーリ通り(Toom-Kooli)という緩やかな坂道をのぼっていくと右手に大聖堂の姿が見えてきます。


「聖マリア大聖堂 (Toomkirik) 」

このあたりがトームペア(山の手)の最高地点。

エストニアを代表するルター派の教会で、1219年のデンマーク占領の直後に建てられたとも考えられており、だとするとエストニア最古の教会ということになるが現在の建物は18世紀後半のもの。


ここまで巡ってきた建物たち(右の聖ニコラス教会はまだ行ってません)
(現地の掲示板より)


次回はトームペアにあるふたつの展望台から続きます・・・けどいつになるかは未定てへ