第1回 ソワレ
ハイドン:交響曲 第44番 「悲しみ」 ホ短調 Hob. I-44
エネスク:クレマン・マロの詩による7つの歌曲 Op.15
(ソプラノ:ヴァレンティナ・ナフォルニータ)
チャイコフスキー:交響曲 第6番 「悲愴」 ロ短調 Op. 74
指揮:セミヨン・ビシュコフ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

実は今年まだひとつだけ書いていないコンサート詣での記事がある。
それは9月に行ったウィーンの楽友協会でのウィーン・フィルのコンサートです。
書く機会を逸したまま年末まできてしまった
今年の9月に久しぶりに夏期休暇がとれて中欧に旅行に行った。
チェコ、オーストリア、ハンガリーに行ったのだが、その旅行で一番の楽しみだったのがこのコンサートだった。
ウィーン・フィルを本拠地で、しかも第1回ソワレというシーズン幕開けのコンサート。
チケットをとってみて分かったのだが、ウィーン・フィルの来日公演のチケット代よりもはるかに安い!
ウィーン・フィルの日本での公演は例えばS席なら3万5千円くらいだと思うが、現地でのチケット代は一番いい席でもその約3分の1程度くらい?だろうか。(ただし取れにくいですが。)
私たちが座った席は1階の最後方の方。前の席との段差がかなりあって、前がとても見晴らしがよくて最高の席でした

当日のコンマスはホーネックさん。
ステージまで遠かったのではっきりとは言えないが、後半のチャイコフスキーの「悲愴」ではホーネックさんのとなりには第3コンマスのシュトイデさん、第2ヴァイオリン首席のコヴァーチさん、チェロ首席のノーチさん、フルート首席のシュッツさんなどなどが新たに加わり最強のメンバーになっていたような気がする。
で、コンサートはというと、言葉にできないほどの感動をもらった

特に後半のチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の演奏を思い出すといまだにドキドキ
する。第3楽章の迫力といったら・・・!!まるで音のうねりが大きなうずになって最後方にいる自分をとりまいて金縛りにあったような感じがした。
頭は真っ白になり、心臓の鼓動だけがバクバクしてて、無意識のうちに涙がだ~だ~
と流れていた。(大体感動したときは「あー涙出そう」という意識がまずあって泣けてくるが、知らないうちに涙が流れてて逆に「ハッ」となったのは初めてかも。)
こんなに音に集中して、音の金縛りで動けなくなったのは初めての体験だった。
第4楽章の最後の最後、エーデン・ラーツさんがコントラバスをひとりでゆっくりとはじいて終わったあとかなりの長い間静寂がホールを支配していた。息をするのも苦しいくらい。
そしてそのあとの大きな拍手・・・
ウィーン・フィルの演奏は日本でも何度か聴いているが、正直ここまで感動したことはなかった。
「ウィーン・フィルが本気出したらすごいんだ!!」と本当に驚いた。
もちろん来日公演で手を抜いているという意味ではありません。
私が思うに楽友協会の音響が本当に素晴らしく、それとウィーン・フィル特有の響きとの相乗効果であのような音が奏でられるのだろう。
正直サントリー・ホールの音響とか全く相手にならないと思った・・・
そして指揮者のビシュコフ。
私は初めて指揮姿を観たが、このひとすごいです!! ただものではないです!!
ウィーン・フィルとの相性もいいのだろうが、決して派手ではない動きの中に微細に計算された音の雄大な流れのようなものを感じた。
個人的な好みでいえば、私は動きが派手というか、「あなた自分の振り姿に酔ってる?」的な指揮者はあまり好きじゃない。
だからといって楽譜の記号どおりに拍子をうつだけ(にみえる)指揮者からもオーラは感じない。
私が今まで生で観てきた指揮者で個人的に 「この指揮者本当にすごい!」 と心から思ったのは、
山田和樹、ハイティンク、そして今回のビシュコフ。 今のところこの3人かなあ。
しかもこの3人とも実は最初からそんなに期待して観たわけではなかったので、先入観もなかった分、余計に心から感嘆した

この日の公演後何度目かのカーテンコールのときに楽団員も足をならして楽器を叩いて指揮者のビシュコフさんを称えていたのを見て驚いたが、これってすごいめずらしい光景じゃないかな?
ティーレマンのときもドゥダメルのときも楽団員が指揮者を称えている光景には一度も出会わなかった。
ウィーン・フィルのメンバーもこの日の演奏によほど満足していたんだろうな。
終演後にロビーの売店にひとだかりができていて、見るとほとんど全員が日本人。
日本人ってほんとに記念のグッズとか買うのが好きなんやね~

楽友協会は日本のホールとまったく違ってステージやホール内の写真撮り放題だし、1階のトイレはステージのすぐとなりで、トイレに行った帰りにステージまでも気軽に行けそうな感じでした(元々ステージにも客席あるもんね)。
通路では楽団員たちが知り合いとかと話してるし、日本とは全く違う雰囲気でした





