女性起業家インタビュー54:生きづらさはギフトだった!自分を生きるということ | 食と体験と出会いの場

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​齊藤美樹さん




今回紹介する齊藤美樹さんの人生は、まさに魂の再生の物語です。人は何度でも生まれ変われる。その強さと優しさが、彼女の言葉やまなざしからあふれていました。


■ 今はどんな活動をされていますか?

神奈川県で、生命保険の代理店業をしながら、マヤ暦でセッションを行っています。

セッションを本格的にスタートしたのは2024年からです。保険の仕事とは別に、もっと深い部分で人の人生をサポートしたいという思いがあり、エネルギーのこと、人の個性や魂のしくみについて初めは独学で学んできました。
あるとき、マヤ暦と出会い、「これなら伝えられる」と直感的に感じて、本格的にセッションという形で動き出しました。


■ 今のお仕事に至るまでの経緯を教えてください

私は20歳から保険の世界に入り、12年ほど前に独立して、子育てをしながら働いていました。でも、「私ってこのままでいいのかな?」という違和感が、心の奥にずっとありました。

実は、まわりから何度も「占いやったら?」と言われていましたが、そのたびに「いやいや、私なんか無理だし」と、抵抗がありました。

しかし昨年の7月5日に占い師さんに「占い師さんだと思うんだよな」と言われ、その時は思わず「私もそう思います」と言ってました。(笑)

その後そのまま、本屋へ行き、本屋で手にした1冊の本が、“統計学としてのマヤ暦”でした。

そのとき、雷に打たれたように「これなら伝えられる!これは理論だから、大丈夫」って思いました。私は、もともと感覚派でありながら、数字や根拠を求めるタイプだったので、統計はぴったりだったのです。

そこから独学でマヤ暦を学び、占星術、ルーツ探究など、自分の好きだったものすべてが繋がっていき、「これが私の使命かもしれない」と確信するようになりました。

■ 自分で仕事をやり始めてご自身に変化はありますか?

マヤ暦を知って一番大きな変化は、夫との関係です。以前は、夫と激しくぶつかることが多くて、お互いどこまでも譲れませんでした。でも、マヤ暦で自分と相手の持つエネルギーの質を理解できたことで、「この人が悪いんじゃない。私との意見が違うだけなんだ」ということを知って、対立ではなく理解へと変わっていきました。

そこから、無理に変えようとするのではなく、「みんな違っていていい」「目の前の人のエネルギーはみんな違う形で出てるんだ」と違いを認められるようになりました。

私はこれまで、幼少期の頃に虐待を受け、家庭の借金で家に押しかけられたこともあり、義母の介護、子育ての孤独……いろんなものを抱えて生きてきました。

実の母親には憎しみに近い感情を抱いていたこともありましたが、母の特性をマヤ暦で理解し始めたときから、少しずつ距離が縮まりました。
今ではご飯を一緒に食べたり、LINEで「ありがとう」や「おめでとう」を自然に伝え合えるようになりました。

昔は「なんで私ばっかり」と思っていました。しかし、マヤ暦は相手を知るためのギフトだったと心から思えるようになり、結局は、“自分自身を認められるようになった”ことでもありました。


■ これからどんな未来を描いていますか?

私は、マヤ暦を「人生のトリセツ」だと思っています。自分の取扱説明書を持っていたら、もっと楽に、もっと優しく生きられる。それを伝えることが、私の使命です。

理想は「全員が自分の特性を知って、もっと自分を好きになれる社会」をつくることです。私のように過去に苦しんできた人でも、マヤ暦を通して自分の軸を取り戻し、人との関係性に悩まず、人生を自由に彩れるようになってほしいと思っています。

そのために、講座やセッションだけでなく、子どもたちや相談できない若者のための居場所づくり──たとえば“子ども食堂”のような、気軽に来られる心の居場所を作るのが今後の目標です。

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どんなに傷ついても、迷っても、道を間違えても、それでも「生きたい」と願ったからこそ
人生を変えた美樹さん。自分だけでなく目の前にいる相手のことを知るだけで、生きづらさは解消されることを教えてもらいました。

 ありがとうございました。

 

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