このまま夜が明けなければいいのに・・・ | みのり先生の診察室

みのり先生の診察室

5万人以上の「オシリ」を診察してきた
肛門科専門医の女医がつづる
お尻で悩める人へのメッセージ

以前のブログで

「明けない夜はない」

という記事を書きましたが


その記事を書きながら

そう言えば

19年前

大阪肛門病院を継いだ時に

「このまま夜が明けなければいいのに・・・」

って


1才になったばかりの長男を抱きながら

不安な中

眠れぬ夜を過ごしたことを

昨日のことのように

思い出しました。



院長が倒れた・・・

という1本の電話で

突然、東京から大阪に舞い戻った私たち。

(現院長ではありません。先代の院長です。)


夜遅くに

当時、上司だった岩垂先生に電話して

状況を話したら

「明日、帰りなさい。

こっちのことは何とかするから。」


と快諾して下さったことを

今でも覚えています。



帰ったのはいいけど

病院は火の車。


もう倒産寸前。。。

いや

倒産してた?苦笑い



だってね

病院を開けていても

一人も患者さんが来ない日があったんです。。。



危機を察知した職員たちが

どんどん辞めていく中で


順風満帆の時には

たくさん人が寄ってくるけど

崖っぷちに追い込まれると

みんな自分がかわいいから

逃げ出すんだ・・・



と

人が信じられなくなったこともありました。



でも

そんな状況だったからこそ

皮膚科医だった私が

大阪肛門病院に手伝いに入ることになり

皮膚科医をやめて

肛門科医に転身することになったわけで

必要なことが起こっていたのかな・・・

と思いました。


そして

そんな中でも

最後まで私たちを支えてくれた

婦長さんと

薬剤師兼受付事務のSさんには

本当に感謝しています。


命の恩人です。


患者さんが一人も来ないから

どうやって
自分たちのやっていることを伝えよう?


って考えました。



患者さんが本当に少なかったから

目の前の一人を大切にすることから始めよう

って思えました。



後を継がされた病院が自由診療だったから

保険診療と何が違うのか?
自費でしか出来ないことは何か?


を、とことん考え抜きました。



自由診療であることを

ホームページに記載することも

とても勇気が要ることでした。


だって

他の先生たちは書いてないから。


なぜ保険が効かないのか?

を患者さんに説明することも

手間と労力がかかりました。


だって

今までそんなことやってなかったから・・・。



ホームページに費用を明記することも

思い切りが必要でした。

どこの肛門科もやってなかったから。


でも

それが出来たのも

本当に崖っぷちを経験したからだと

今では良かったと思えます。


私が長男を抱えて

不安そうに右往左往していると

主人(現院長です)が言ったんです。


「病院がつぶれても

命まで取られるワケやない。

あかんかったら

また東京に戻ったらええねん。

頑張るだけ頑張ってみて

あかんかったって

先祖は文句言わへんと思う。

だから今は目の前のことを

一生懸命やるだけや。」



そう言われて

やっと夜、眠れるようになりました。


本当につらかったあの時期。



明日も患者さんが誰も来なかったらどうしよう・・・

と不安な中

ずっとこのまま夜が続いて

夜が明けなければいいのに・・・


って願った日々。


つらかったからこそ

人の温かさを知りました。



不安だったからこそ

患者さんが来てくれるありがたさを感じることが出来ました。



あの時期がなければ

今の私たちも

今の大阪肛門科診療所も

ないと思います。


夜が明けなければいいのに

と願った私も

ちゃんと夜が明けました。


すべては

必要なことが

必要なタイミングで起こっている


と思っています。


昔も

今も。



だから

どんなことも

受け止めようと思います。



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診療所のセラピードッグ「ラブ」らぶ
今は息子ではなく
ラブを抱っこして寝ていますらぶ②
ラブは私の癒しでもありますトイプードル