「マネロン」ならぬ「スピロン」。対談の中で決まった本書のタイトルに関しては、120頁に書かれているけれど、端的に言うなら「霊的洗浄」🐭こと。佐久間さんの江戸期の博識ぶりは凄い。江戸フリークの人なら、必ずや蔵書にするだろう。2024年7月初版。
【本書の企画動機】
保江 東京には霊的に面白い場所がたくさんあることを世間の人々が知らないのは実にもったいないことだと思って、いろんな人に語ってきました。たまたま、僕の道場に指導に来てくれる佐久間さんにそんな話をしたところ、まあ、驚きの逸話がこの人の口から次々とあふれ出し、その博識ぶりにはびっくりしました。(p.13-14)
保江 僕が港区の白金に居を構えてかれこれ10年になります。その間、東京には暗く血なまぐさい歴史を秘めた土地や霊がさまよう不気味な場所がいろいろ存在することが分かってきました。東京の裏世界と裏歴史に詳しい、大東流合気武術・佐川道場の先輩である佐久間公二さんの面白い話を引き出したくてこの本を企画しました。
佐久間 お声をかけていただき、誠に光栄なことでございます。(p.10-11)
保江先生は、佐久間さんより年上のはずだけれど、道場では入門順なので先輩と呼んでいるらしい。大東流合気道に関しては、戦後、GHQによって消された合気道なので、ほとんどの人々が知らない。それほどに日本武道の粋となるような枢要な武道なので、下記リンクを付けて置きます。
【佐川幸義先生】
《参照》 『裏天皇、八咫烏、南朝系、今こそ天皇家の真実を話そう』張勝植(ヒカルランド)《2/3》
【盆踊りは合気道】
【“谷”が付く地名】
保江 皇室関係の方々はもう何年も前から基金を使って、東京で“谷”が付く地名、例えば「四谷」とか「茗荷谷」などに慰霊碑をずっと立て続けているそうです。・・・(中略)・・・。「谷」が付く場所は、今でこそ平坦だけど、もともとは谷間であり、大震災時には大量の犠牲者を呑み込んだのです。成仏しない御霊が今でも彷徨っているので、色々な現象が起こります。(p.11)
“谷”が付く地名といえば、誰でも知っていそうな「渋谷」。今は駅周辺の大規模再開発が行われているけれど、掘削中にたくさんの人骨が出てきたことだろう。
【街道沿いに置かれた刑場】
保江 街道沿いに刑場を置いて見世物にしたのは、「江戸に来るな」ということ?
佐川 というよりも、「江戸で悪いことをしたら命はないと思えよ」という権力者、つまり徳川幕府のメッセージでしょう。(p.19)
江戸を起点とする五街道には、それぞれに刑場が置かれていたのだという。最も出入りの多い東海道には鈴ヶ森刑場が置かれていた。
江戸時代は、長期にわたって安定していた平和な時代と思われているけれど、江戸期の直前は戦国期。悪党たちが流入する街道沿いには、治安維持目的を兼ねて刑場が置かれたらしい。
刑場周辺の地名の由来を読んで、「なるほど~~、へぇ~~」と思うことしきり。例えば「泪橋」。誰だって普通に想像できるでしょう。
【平蔵地蔵】
佐久間 京急・青物横丁駅の近くには海雲寺という古刹があり、境内に平蔵地蔵が祀られています。幕末の頃、鈴ヶ森刑場で番人をしながら町に出て施しを受けていた3人組の飽食がおり、そのうちの一人が平蔵です。ある日、南品川の道端で100両あまりの大金が入った財布を拾った平蔵はこれを猫ばばせずに落とし主が現れるのをじっと待ち。大慌てで戻ってきた仙台藩の若い武士に返したのです。
お礼にと差し出された20両も受け取らなかった平蔵は、2日分のわずかなか稼ぎだけをもらって小屋へ帰りました。すると、2人の仲間は、「100両あれば飽食暮らしをやめられたのに、なんてバカな奴だ」と激怒し、酔った勢いで激しく殴り続けたところ、平蔵は死んでしまいました。平蔵の死を知った仙台藩士はその遺骸を引き取り、青物横丁の松並木の下に葬って石仏を置いたのです。これが平蔵地蔵の由来で、のちに海雲寺に移されました。(p.21-22)
やりきれない悲しい話。
【佐賀砲】
保江 この「佐賀砲」のすごいところは、砲身の内側にライフリングを刻んだことです。施条砲にして砲弾を螺旋状に回転させれば、飛距離と威力が格段に上がることを知っていたのですね。さらにイギリス製アームストロング砲の砲身は円筒形だったに対し、佐賀砲の砲身は先端に向かって円錐形です。同じアムスロング砲でも月とスッポン。だから薩英戦争では海上にいる英国艦隊のアームストロング砲の砲弾が薩摩軍の陣地に着く前に、薩摩が借りを受けた佐賀砲の砲弾が先に届いて英国艦隊に大損害を与える事ができたわけ。話が東京を飛び出して九州行っちゃったな・・・。(p.29)
学校で習う歴史では、佐賀・鍋島藩は意図的に除外されているけれど、技術史という視点なら鍋島藩を欠くことは絶対にできない。ビジネス書の中では、鍋島藩の『葉隠』に言及している記述と並んで、鍋島藩の技術的先進性に関する記述を読むことは多い。
《参照》 『明治という国家[上]』司馬遼太郎(日本放送出版協会)
【佐賀「鍋島藩」の個性 】
《参照》 『偽キリストはAiと共に、バチカンに現れる!』保江邦夫(青林堂)《1/3》
【明治政府の佐賀藩潰し】
《参照》 『封じられた日本史』 保江邦夫 (bio)《後編》
【鍋島藩】 【鍋島と徳川家康】
【家康が出したキリスト教禁止令】
【浄土真宗】 【大正天皇】
【日比谷通り(龍の通り道)】
保江 去年の秋、皇宮護衛官と飲んだときにその話をしました。「さすがですね。分かってらっしゃいますね」って言うから、「何が?」と聞き返すと、日比谷通りは「龍の通り道」、つまり龍脈なんだって。だからいつも空いているし、気分良く走れる。・・・(中略)・・・。聞くところによると、龍は北斗七星の柄杓の形をした日比谷通りを走り、大手門から江戸城に入るそうです。(p.31)
都内に住んでいても、頻繁に車に乗る人でないと、わかんない🦆。
【新宿区の戸山公園】
佐久間 戸山公園がある一帯は、人骨がゴロゴロ出土した場所です。専門家が鑑定したところ、「日本人とは異質とみられる人間の骨」だったそうで、のこぎりの跡が残っていたとか。・・・(中略)・・・。世間は、かつての日本陸軍が細菌戦の研究ために創設した関東軍防疫給水部本部(通称・731部隊)と関連がある人骨だと見なしています。人体実験に使われた人間のものだということです。たしかに、そこはかつて陸軍軍医学校が建っていた場所です。731部隊を率いた石井四郎(中将)は、この軍医学校の教官でした。(p.32-33)
「石井731部隊」は、激ヤバで有名。学生の頃、その本を読んだ記憶がある。戦時中は満州で人体実験をして、現地の人々を3000人以上犠牲にしたらしい。そして戦後、GHQに実験データを提供することで戦犯を免れ、部隊にいたことを隠して医者を続けた人は何人もいた。90年代、薬害エイズ事件で有名になったミドリ十字は731部隊の残党が設立した会社だと書かれている。
戦争で武器を売るより儲かるのが医療ビジネス。故に、DSの本丸が、日本であり日本人だとするなら、またコロナ騒ぎと同じことを演出して、ワクチン製造のための防疫センターを新宿の戸山公園付近に建てることだろう。スピリチュアルに強く引き合う最適地なのだから。
《参照》 『偽キリストはAiと共に、バチカンに現れる!』保江邦夫(青林堂)《1/3》
【PCR検査の真実】
《参照》 『打つな!飲むな!死ぬゾ!!』飛鳥昭雄(ヒカルランド)《前編》
【ワクチンの疑義を語った科学者】
【「コロナワクチンを作った製薬会社は免責」が意味すること】
【PCR検査というデタラメ】
【「厚生労働省」通達による馬鹿げた数字の捏造】
【遺伝子組み換えの「人工ウイルス+人工ワクチン」】
《参照》 "医療"に関する引用一覧
【山田浅右衛門】
佐久間 市ヶ谷監獄で思い出すのが、山田浅右衛門です。
保江 死刑執行人の「首切り浅右衛門」ですね。
佐久間 はい。江戸時代から刀剣の試し切りを生業とした山田家は、明暦の初代から9目まで代々「山田浅右衛門」を名乗りました。首切りの経験を生かし刀剣の鑑定も手がけた山田家は、首を落とした罪人の肝臓や胆嚢を原料に「新薬」を開発し販売していたそうです
保江 それは凄い。山田家の副業ですね。
佐久間 こういうのを役得っていうんでしょうか。・・・(中略)・・・。しかし、明治15年(1882)の斬首刑廃止とともに、山田家はお役御免。(p.40-41)
本業と副業、どっちも同時にポシャっちゃった。9代続いた山田浅右衛門は、全員生まれ変わって、731部隊に所属してたりして・・・。でもって、ミドリ十字に再就職してた・・・とか?
【青山トンネル】
保江 東京のタクシーでも似たようなことがあるみたい。例えば、僕がタクシーを拾って「〇〇〇に行きたいので、六本木トンネルを通ってください」とお願いすると、
「あのトンネルね。昼間はオーケーですが、夜はお断りします」なんて言うんです。
「えっ、どうして?」
「あそこはね、もともと青山墓地を掘り返し移設してトンネルにしたからね。霊が迷ってトンネルの脇に立っていることがあるんですよ」
トンネルで女性を乗せ目的地に着いたものの、振り向くと後部座席は無人。でも運転席と助手席の間にある小さな台の上には千円札がのっていたんだって。(p.50)
こういう話ってよく聞くけれど、興味がない人は体験しない。スピリチュアルは、そういう世界だから。
【心霊スポット巡礼ツアー】
佐久間 心霊スポット巡りブームに便乗して三和交通はここ数年、「三和交通タクシーで行く心霊スポット巡礼ツアー」を毎年企画しています。開催時期は、もちろん真夏です。(p.51)
「冗談?」と思いつつ、ググってみたら、あった。
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