昨今の日本では、小さな子供にも「大きくなったら何になる?」などと聞いては、何らかの職業を答えさせて満足するような風潮がありますが、
南米など家族の絆が強い社会では、そんなナンセンスな問いは無いそうです。
子供は何者かになるために生きているのではなく、ただ「今」を、めいっぱい楽しんで、それで愛され喜ばれる存在だから。
もちろん、夢を持って、それに向かって努力することは素晴らしいし、その喜びもあるけれど、「今ここ」に生きている時間が、指の間からこぼれ落ちて行くようでは虚しいです。
私自身を振り返ってみれば、子供の頃から、学生時代、大人になっても「何になりたい?」と言う問いに対して何らかの職業名を答えた時、それは全部間に合わせの「嘘」でした。
それはいつも言葉だけで実感の無い、空の答えで、自分がその仕事をしながら、どんな風に日々を暮らしているか、生き生きとイメージを描いたことなんかありませんでした。
将来の自分を重ねて大人を見る体験をしていなかったんですね。
だから初めの就職で新聞記者をしたとき、仕事内容ではなく、その「生活」がイヤすぎて、あっと言う間に破綻したんです。
「仕事」の前に、私は生きていて、食べたり寝たり、生活をする人間なんだということが、すっかり頭から抜けていたのですよ。
まあその時期があったおかげで、ゆっくり美味しいご飯を食べるとか、やたらに電話が鳴らないとか、日付が変わる前に家に帰るとか、そういうことが、自分にはとても大事なんだということを知ることが出来ました。
本当にワクワクと努力を伴う「夢」として何らかの職業を描くことは無かった私ですが、幼稚園か小学校一二年か、割と小さい頃からずーっと憧れていたのは、ふわふわと長い髪に、柔らかなワンピースを着て、にこにこ可愛いお母さん。
「将来の夢はお嫁さん」とか「お母さん」なんてタイプでは全く無かったから、言葉にしたことは一度もないのに、イメージはいつも眼前に、めっちゃリアルに浮かんでいました。
こんな感じ。この絵を見た時、長女に「ママとずいぶん違うなぁ」と言われてショックでした 笑
子供はひとりじゃなくて何人かいて、女の子には髪を編んであげて、毎日お菓子を焼いて、家の中をきれいに飾って、広いお庭があって・・・って、ものすごく具体的に、生きたイメージを描いていたんです。
自営で家にいるとはいえ、子供の私は母が仕事をしているのがイヤだったし、自分が髪を短くされているのもイヤで、編み込みに憧れていたんです。
だから、母とは反対の、手仕事やお菓子作りみたいな女の子らしい世界を愛するお母さんになりたかったんですよね。
そうしたらどうでしょう。
いま私、毎日のようにお菓子焼いてる。子供はたくさんいるし、庭もあるし、上の娘たちの髪は編み込みしてるし、かなり叶ってるんじゃない?
ふわふわ長い髪、にこにこ優しい、とか、まだ叶ってない部分もあるけど、たぶん半分くらいは既に実現してます。
やっぱり、生き生きとイメージしたものは現実化するんですね。
パウンドケーキとか、マフィンとか、アップルパイとか、本当に簡単なものばかりだけど、素朴な焼き菓子って飽きなくて大好きです。
先日りんごケーキを焼くとき、たまたま小麦粉が切れて米粉で焼いたらめちゃくちゃ美味しくて、以来すっかり米粉愛好者になりました。
りんごとか、かぼちゃ、さつまいも、レーズンなどに甘みを助けてもらうので、お砂糖は市販のレシピの半分から三分の一くらいまで減らせますけど、それでも自分で作ると砂糖の「かさ」が目に見えてびっくりしますよね。
そんなわけで、ずっとやってみたかった禁糖(砂糖断ち)、今日からスタートします。
小正月から春前に、一、二週間やると、身体が整うそうです。
せっかくなので「意識を自由にする9日間」も、同時進行で参ります。
終了後にまた体験談を書こうと思います。
お菓子ちゃん、しばしお別れ(〃ω〃)


