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お江戸不思議発見!(笑)
男の悲しい性(さが:苦笑)。
高校の看板もアニメ風。
本物ではないよ。
カラスにお悩みの方は、
以外の多い。
メーカーの宣伝文。
「鳥類には⼈には⾒えないもの
が⾒える 特別な視⼒があり
ます。
「SARABAカラスくん」には
カラスが「まぶしい」「怖い」と
感じる特殊な加工を施しており、
⽬の特徴を利⽤して傷つけずに
安全にカラスを遠ざけることがで
きます。」
「串猿」は可哀そう(苦笑)。
一番手前の枯葉てたような
芝簾は、緑化のふりか?(苦笑)。
物騒な広告が登場するほど、
池袋は落ち目だったか?(笑)
これには深い訳がある。
地元民以外には興味ない
だろうが(笑)。
投げやり(笑)。
夏だけでなく、通年やってる
現代版お化け屋敷か?
座布団三枚!(笑)
泣かせちゃだめだな。
通勤路
ここは文京区本郷。
昭和28年8月、旧春木町一丁目、
二丁目、三丁目を地域として結成
された春木会。
その春木会主催の祭り。
旧春木町とは、掲示板によると、
「もと、本郷村の内であった。
元和2年(1616)、徳川家康の死去に
より駿府から引上げた御中間、御駕
籠方が大縄拝領(広い土地を一括し
てもらう)、その後元禄9年(1696)町屋
を開いた。
町名は、霊験が評判の伊勢神宮の
御師春木太美が、ここに数年住んで
いた跡なので、その名をとり本郷春木
町とした。
御師は祈とうをつかさどる神職である。
明治44年、本郷をとり春木町とした。
明治6年本郷の地主奥田氏が奥田座
を開いた。
同9年に町名をとり春木座と改めた。
九代日団十郎と五代目菊五郎とが出演
して活況。
同35年に本郷座と改めた。新派の川上
音二郎一派が出演し、新派の全盛期を
迎えた。」
本郷から後楽園方面に
下ると、アラブ料理・
ヴィーガン料理・和食の
店「ハビービ」があった。
講道館新館地下にあるから
メニュー「巴投げ」(笑)。
本郷の顔のひとつは、
東大です。
俺がバイトしているマンションの
隣は、本郷中央教会。
この景色だけを見ると、
日本では無いみたいです。
文京区の住民構成。
区なのに、田舎の「市」クラスの
人口です。
外国人の比率も高い。
文京区には有名な小中学校が
多いので、小さな子供のいる
外国人が、大勢移住してきて
いるとか。
享保年間(1716~1736)に、現在の
本郷3丁目の交差点角に、 兼康
祐悦という歯科医が乳香散という
歯磨き粉を売り出した。
これが当たり店が繁盛していたという。
享保15年(1730)に大火があり、湯島や本郷
一帯が燃えたため、再興に力を注いだ町奉
行の大岡越前守は、 ここを境に南側を耐火
のために土蔵造りの塗屋にすることを命じた。
一方で北側は従来どおりの板や茅ぶきの
造りの町家が並んだため、
「本郷もかねやすまでは江戸の内」
といわれた。
そんな川柳にもなった場所に建つ
和菓子屋さんです。
最近の飲み会
たまには日本酒が飲みたく
なって、
ビジネス・パートナーの中国女性と
2人、事務所で飲んだ。
2人で四合瓶。
これ位が丁度良いお年頃に
なってきた(笑)
20年ぶり位か。
銀座ライオン。
でも、ここは池袋(笑)。
久しぶりに天井の高い所で飲む。
スターターは、勿論生ビール。
和風なつまみもある。
教育が行き届いているのか、
若い男女のホール担当者の
対応が、早くて礼儀正しく、
気持ち良い。
俺は普段、ビールは飲まないが、
ここでは飲む。
おっさん3人で飲む寂しい
飲み会(苦笑)。
俺は、どんな酒でもストレート好みだが、
ミーハーだから、ここではあり得ないほど
珍しく、ハイボールを飲んだ(苦笑)。





































































