バザラスからのアジアン紀行

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新緑と桜花

今年の冬から春、春から夏への

移り変わりは早い。

 

4月に入ると新緑が

目に眩しくなった。

 

咲き残った桜がまだ見られていた

4月上旬。

 

日中の温度は、

 

20度を超える日が数日続いた。

 

東北では、

 

梅と桜の花見が

同時に出来た所も

あると聞く。

 

まあ、地球は暑くもなれば

冷えても来る。

 

生き物は、それに順応して

生き続ける。

 

暑過ぎれば絶え、

 

冷えすぎても死滅する。

 

その繰り返しを何億年も

続けてきた。

 

銀河太陽系の地球温度変化に、

 

一喜一憂しても、しょうがない。

 

人間にはどうすることも

出来ないのだ。

 

そんな地球を我が物顔で

切り刻んできた人類。

 

そりゃあ、温度変化に加速度は

付く。

 

自業自得。

 

「人知」なんて、糞の役にも

たたないのだ。

 

にゃんず

自宅近所の通勤路。

 

カーテンが開けられている時に、

 

時々現れるにゃんず。

 

ジャレている。

 

仲良しにゃんだね。

 

にゃんか用か?おっさん。

 

また登場してくれにゃ。

 

練馬区成増の野良にゃん。

 

こちらも。

 

歯医者の裏手にある

ご自宅の階段。

 

ドクターが野良にゃんの

世話をされている。

 

その近所の屋外に猫ハウスのある

にゃんこ。

 

3匹いたけど、他の2匹は虹の橋を

渡って、とうとう一匹だけになってし

まった。

 

野良にゃんずが減って来たから

置物で。

 

この前、トルコ・イスタンブールの

野良にゃんずや野良わんずとの

手厚い人間との共生状況をTVの

ドキュメントで見たけど、凄いね。

 

イスラム圏は、特に野良にゃんずを

大切にするね。

 

お江戸不思議発見!(笑)

今日はここで酔い倒れろって

ことか?(笑)

 

聞いたことのない名物(笑)。

 

詩的な店名だね。

 

よかよかたい(笑)。

 

九州は目立ちたがり(笑)。

 

俺の味方です(V)。

 

「きかんぼう」って読むそうです。

 

ラーメン屋さんです。

 

本店とは異なる実験的(laboratory)

アプローチで臨む店の様です。

 

日本のラーメンの進化は

凄まじい。

 

Laboratoryですよ(笑)。

 

唐辛子の奥深い風味と辛味、山椒の

鼻に抜ける爽やかさと癖になる痺れ

が生む”カラシビ”体験を提供する

ラーメン店です。

 

”カラ”と”シビ”はそれぞれ「抜き/少なめ/

普通/増し」からお好みで調整でき、さらに

プラス200円で「鬼増し」(笑)がチョイス出来

ます。

 

ここは西武池袋線清瀬駅前。

 

高級食パン専門店

「考えた人すごいわ」

が店名(笑)。

 

メニューは2種類で、プレーンの「魂仕込

(こんじこみ)」とマスカットレーズン入りの

「宝石箱」があるそうです。

 

考えた人凄いわ(笑)。

 

幾知可比に刃物。

 

第一次政権では、中東での米軍展開は

無駄だから撤退する。

アメリカはもう世界の警察官では無い、

と西洋カルタ大統領は公言し、アメリカ

ファーストを掲げていたが、第二次政権

になると豹変。

 

軍事力を用いて、ベネゼエラの大統領拉致。

続いてイスラエルに連帯してイランに軍事侵略、

政権・軍部幹部を次々に殺戮して悦に入る。

 

豹変ぶりには色んな要因が考えられるが、

その一つは娘婿クシュナーの存在だ。

 

クシュナーは、不動産開発業者でユダヤ人。

 

民間人にも拘らず、ロシアVSウクライナ、

イスラエルVSパレスティナ、イランVS

イスラエル&アメリカの各協議に

アメリカ代表の一員として参加している。

西洋カルタ大統領のビジネス代理人

なのだろう。

 

戦争は、地政学的パワーバランスの

闘いであるが、軍事産業は勿論

Scrap and Buildのビッグビジネスでも

ある。

 

マスメディアの放つ情報は、その戦争の

核心を巧妙に伏せている。

 

 

 

開山堂(両大師)

ここは、上野の開山堂(両大師)。

 

今から一ヶ月度ほど前、

 

梅の花の綻ぶ季節に

行って来ました。

 

以下、HPより。

 

「開山堂(両大師)の歴史。

 

開山堂は、東叡山寛永寺の開山

である慈眼大師(じげんだいし)

天海(てんかい)大僧正と、天海

大僧正が尊崇していた慈恵大師

(じえだいし)良源(りょうげん)大

僧正をお祀りするお堂で、現在の

お堂は平成5(1993)年に再建され

たものです。
 

もともとの創建は正保元(1644)年

で、前年に亡くなられた天海大僧正

を祀る「開山堂(かいさんどう)」でし

たが、後に寛永寺本坊内にあった

慈恵堂(じえどう)から慈恵大師像を

移し、慈恵・慈眼のお二人のお大師

をお祀りしたことから一般に“両大師

(りょうだいし)”と呼ばれ、庶民に信仰

されています。

 

慈眼大師(じげんだいし)とは

 

慈眼大師天海大僧正(1536~1643)

は、東叡山寛永寺を開山された天台

宗の僧侶です。

 

ご出身は陸奥国大沼郡高田(現在の

福島県会津美里町)で、豪族の蘆名

一族の出身といわれています。

 

11歳で得度されて随風(ずいふう)と

名乗り、後に川越喜多院の名僧豪海

(ごうかい)の門下に入り天海と名を改

めました。
 

天海大僧正が世に広く知られるように

なったのは、織田信長による焼き討ち

で荒廃した比叡山延暦寺の復興を命

ぜられてからです。

 

天海大僧正は現在の根本中堂をはじ

め数々の堂宇を再建されました。
 

また天海大僧正は、寛永寺を創建

するにあたって德川家の祈祷寺とし

ましたが、その造営はすべて比叡山

延暦寺に倣って行いました。

 

また上野の山を江戸庶民の憩いの場

とするべく、吉野の桜を取り寄せて上野

の山を桜の名所とし、また不忍池には蓮

を植えて放生池としました。
 

一方天海大僧正は、木活字を用い

て経典を出版するという一大事業を

行い、その木活字は重要文化財に

指定されています。

 

こうした生前の数々の功績が讃えられ、

朝廷より「慈眼大師」の大師号が下賜さ

れました。

 

慈恵大師(じえだいし)とは、


慈恵大師良源大僧正(912~985)は、
天海大僧正が尊崇した僧侶です。

良源大僧正は正月3日に亡くなられ
たことから「元三(がんざん)大師」と
も呼ばれています。

 

良源大僧正の当時、比叡山は度重なる

火災で荒廃し、また山内の規律も乱れ

ていました。

 

そこで良源大僧正は堂宇の復興と教学

の振興に尽力され、僧風の刷新をはか

りました。

 

こうしたことから「比叡山中興の祖」と

称賛されています。
 

また大変に霊力に優れた僧侶であった

ことから、良源大僧正のお姿を護符に

した「角大師(つのだいし)」「豆大師

(まめだいし)」という魔除けの大師が

広く信仰されました。

 

さらに良源大僧正は「おみくじ」の創始者

としても知られています。

 

良源大僧正の幅広い活躍に対し、朝廷より

「慈恵大師」の大師号が下賜されました。

 

両大師のつながり。

 

伝説によると、德川家康公の墓所

を静岡県の久能山に造営した天海

大僧正の夢に良源大僧正が現れ、

戸隠山の神前にあるくじを引くこと

で吉凶を占うことができる、と告げた

そうです。

 

ここから天海大僧正が慈恵大師信仰

を広めるようになったと言われていま

す。
 

特に、德川家光公の世継出生祈願

を命じられた天海大僧正は、慈恵大

師のお姿を安置してご祈祷を行いま

した。

 

そこで誕生したのが、後に四代将軍と

なる家綱公だったのです。

 

こうして慈恵大師の霊力は、天海大

僧正のご祈祷を通じることで将軍以下

誰もが知ることになってゆきました。
 

ところで天海大僧正が亡くなった後、

両大師の画像が1ヶ月ずつ寛永寺の

子院をめぐることが幕末まで行われま

した。

 

この画像は10月1日に両大師に戻り、

10月2日の天海大僧正の命日には、

本坊から輪王寺宮が輿(こし)に乗り

一山住職とともに盛大なお練りを行う

大法要が営まれました。

 

ここには見物の江戸庶民が大変に

多く集まったとの記録があります。」

『モンゴルが世界史を覆す』杉山 正明 著(日経ビジネス人文庫)

「世界史」には、中心は無いはずだが、

我々日本人は、西欧中心史観の

「世界史」に馴染んでいる。

 

その箍(たが)を外して、偏りの無い

目で世界を見る事は、現代の日本人

にとっては至難の業である。

 

その至難の業としている固定観念

を打破すべく、数多くの著書を通じ

て偏りの無い歴史の見方を訴えて

来られた杉山正明氏。

 

特に、杉山氏の専門であるモンゴル

帝国(1206年 - 1635年)は、現代

文明(グローバル文明)に計り知れ

ない影響を与えて来たのだと、多言

語の歴史資料や精緻な時代考証を

基に論を展開されている。

 

モンゴル帝国の中枢と言えば、

中国の元王朝。

 

モンゴルに限らず、ユーラシア大陸の

騎馬民族に詳しい杉山氏によれば、

中国における純粋な漢族王朝は、

漢・宋・明の3つくらいしかない。

 

その他の歴史的中国王朝は、周辺

の遊牧騎馬民族国家との合従連衡

的国家だと言われています。

 

中国共産党員や保守的中国人が

聞けば、はらわたが煮えかえるよ

うな歴史考察ですが、

 

去年川崎で出会ったモンゴル人が、

「京大における杉山先生の講義は

 すごい人気で、大講堂に立ち受講

 者が出るほど。

 しかも中国人の姿が多く目についた」

 と言っておりました(笑)。

 

以下、Amazonの商品説明より。

 

*上2つの「モンゴル・ハーン」の画像は、

  本書とは関係ありません。

 

「残虐さが喧伝されてきたモンゴルは、

 実は「戦わない軍隊」だった。

 

東方見聞録を書いたというマルコ・

ポーロはその実在自体が疑しい。

 

モンゴル帝国は世界と日本に何

をもたらしたのか。

 

歴史常識を翻すエッセイ集。」

 

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