皆さま、おばんです!
今日は3年前に訪れた名鉄広見線から
御嵩口(みたけぐち)駅の訪問記です。
この日は新可児駅から御嵩駅行きの電車に乗って
御嵩口駅を訪れました。
ホームで乗ってきた電車を見送りましたが
間もなく、先ほど乗ってきて電車が御嵩駅を折り返して
再び御嵩口駅に姿を現したのです。
末端区間の終点に近い駅あるあるですね。
広見線の電車は終点の御嵩駅に着くと
約4分間停車して折り返すダイヤが組まれているようです。
御嵩口駅で御嵩駅行き電車見送ると
約7分後に折り返した電車が来るのがデフォみたいですよ。
こうして御嵩口(みたけぐち)駅に着きました。
現在は小さな無人駅である御嵩口駅。
実は広見線の前身である東濃鉄道が大正9年に開通した際に
最初の終着駅がここでした。
当時の駅名は「御嵩駅」で
昭和27年に現在の御嵩駅まで延伸したのを機に
現在の駅名に改称されてます。
御嵩口駅では御嵩亜炭鉱から産出された亜炭の貨物輸送が盛んで
昭和30年代には全国の亜炭産出量の1/4を占めていたとか。
御嵩駅は貨物を扱わない旅客駅だったために
御嵩口駅の貨物の取り扱いは
御嵩亜炭鉱が閉山する前の昭和38年まで続いたそうですよ。
その当時の駅の賑わいはどこかに吹っ飛んでしまったようで…
現在の御嵩口駅は駅舎が無く
駅前広場は大半が駐輪場に変わってました。
ホームの出入口に添えられた自動券売機です。
続いてはホームにイン。
御嵩口駅は単式ホームがあるだけの棒線構造の駅でした。
ホームに置かれた待合所です。
造りがやたらと古めかしい待合所ですが
御嵩口駅は昭和38年に貨物の取り扱いが終わるとともに
無人駅に変わってます、
あくまでも推測ですが
それまで使われていた駅舎は無人化された直後に
取り払われたのではないかと。
待合所はその際に設けられたのではないでしょうか。
さてさて、ここからは駅ファンの大好物な話になります。
先述の通り、御嵩口駅の貨物輸送は昭和38年に廃止され
既に60年以上が経過してましたが
当時使われていた貨物ホームを今も見ることが出来るのですよ。
赤い矢印の先に注目ください。
このホーム、結構長くて
端から端までこれだけの長さがありました。
しかし気になるのは現役の単式ホームからの遠さです。
いくら貨物ホームといえど
もう少し近くに合ってもイイような気がしますが。
そこで国土地理院サイトに掲載中の
古い航空写真を見てみました。
下は昭和22年撮影の航空写真ですが
駅舎に隣接する旅客ホームと貨物ホームの間に
倉庫らしきものが見えますよね。
こちらは御嵩検車区で倉庫は電車を収容する検修庫。
よく見ると入庫中の車両が写ってました。
なお御嵩検車区は昭和27年に廃止されたようで。
現役のホームと貨物ホームの間が広く空いているのは
昔は間に電車の車庫があったからだと思いますよ。
御嵩口駅をここまで見たところで
次の電車が到着するまでまだ時間があります。
せっかくなので放置中の貨物ホームに近づいてみました。
こちらは駅の北側にある踏切ですけど
御嵩口駅の貨物輸送が現役の頃は
踏切警報器の右側に見える柵の辺りまで
線路が敷かれていたと思われます。
踏切から見た御嵩口駅の構内です。
右に見切れているのが廃止された貨物ホームでしたよ。
ほぼ同じ場所から見た駅のホームです。
線路は単線なのに対し
貨物を取り扱っていた時代の遺構である幅の広い架線柱が
マニア心を震わせますな。
肝心の貨物ホームですが
どうも貨物輸送の廃止後から放置されてるというワケでは
なさそうでして…
堰の部分の造りは石積みなので
東濃鉄道が開通した当時からあるモノで間違いはなさそうです。
しかに肝心のホーム本体はコンクリートで固められてました。
しかも長さや幅が貨物ホーム時代から比べて
やたら広く取られている感じです。
ホーム跡は北側で市道と繋がっているので
亜炭を積んだトラックの発着場だったのか、
それとも貨物輸送が終了してから
別の用途で使われてた可能性もありそうです。
貨物ホーム跡から構内を眺めましたよ。
それにしても駅の周辺にこれだけ住宅が密集しているのに
3年後に廃止が決定したのが残念でならないです。
鉄道があることによって
「御嵩町」という自治体の知名度が保たれている面も
多いのでは?
今からでも鉄道の維持費を極力までそぎ落として
廃止を免れる手段はないのでしょうかね?
犬山駅
御嵩口駅(令和5年4月27日)
御嵩駅
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