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皆さま、おはようございます!

 

南小樽駅から歩き始めた手宮線の廃線跡巡りもいよいよ終盤、

終点の手宮駅跡までやって来ました。

手宮線跡

(前回分もぜひチェックくださいね)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その1 南小樽駅~色内仮乗降場跡編)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その2 色内仮乗降場跡~手宮駅跡編)

 

その手宮駅跡ですけど、現在は「小樽市総合博物館」に変わってます。

貴重な鉄道車両が数多く保存されているので

鉄道ファンには有名なスポットですよね。

前の「小樽鉄道記念館」の名称の方が馴染みがあるかな?

手宮線跡

実は自分が手宮線の廃線跡を歩いてきたのもここを見るのが目的です。

JR北海道の全駅を周り終えたってのに、ここは未訪問だったのですよ。

 

まずは今まで歩いてきた道を振り返ります。

 

エントランスに蒸気機関車の動輪が飾られてました。

蒸気機関車がお好きな方なら見ただけで形式の特定が出来るのでしょうが、

自分はこのジャンルは不得意でして…

径とボックス動輪からC57のモノと見ましたけど如何でしょう?

 

こちらはスポーク動輪だからC51辺りか?

いやもう入園前から興奮しっぱなしですって。

ちなみに手宮線で最後の旅客列車を牽引したのはC51の184号機。

最終旅客列車を牽引した翌年の昭和38年に廃車になったみたいですね。

 

小樽市総合博物館の出入口は2か所ありますが、

今回は手宮線の廃線跡に近い手宮口から入園します。

 

チケットは硬券切符っぽい仕様でした。

博物館はマニア心の掴み方ををよく理解されてますな。

この日は駅巡りの予定を一切入れていない自分。

飽きるまで…飽きるかどうかはわかりませんが目一杯遊び尽くしますぜ☆

 

まずは園内をサッと見渡した印象ですけど…

お客さんが誰もいないだと!?

窓口にいたオネーサマ曰く、平日の午前中は大体こんな感じだそうです。

週末や祝日でも大混雑することはないらしいですよ。

 

園内では保存蒸気機関車のアイアンホース号が運行されており、

それに合わせて来園されるお客様がいらっしゃるとのこと。

自分が現地入りした時は、

アイアンホース号は次の運行に向け暖機運転してました。

 

それでは屋外に保存されてる車両を見て歩きます。

最初に言っておきますけど、

自分はこれら保存車両を見るのに3時間以上かかりました。

全ての車両をブログで紹介したらそのまま正月を迎えそうですので、

特に気になった一部の車両をピックアップしますね。

 

まずは特急型気動車キハ82系の食堂車であるキシ80形です。

自分は食堂車の変則的な窓配置が好きなのですよ。

あとはキノコ形のキセが付いたAU12形クーラーもね。

 

こちらは我が地元の東北地方でも馴染みの形式だったキハ22形でした。

一部の保存車両は写真のようにドアが解放されており、

車内を自由に見学することが出来ます。

 

我が地元を走るE721系電車よりも

キハ22のイスの方が座り心地が良く感じるのはなぜでしょう?

初期型のキハ58系もこんな感じのシートでしたが、

国鉄時代はこんな簡素なシートでも急行料金を払って乗ってましたよね。

 

顔が見られなくてちょっと残念だったのが急行型のキハ27 11です。

 

奥では同系のキハ56 23が見れますが、この2車、

車体形状や前面が大きく異なっているのをご存知でしたか?

道内仕様のキハ56系、碓氷峠仕様のキハ57系を含めて

大量に製造されたキハ58系グループですけど、

もっとも早期に製造されたキハ56系の22両のみ、

正面のヘッドライトの位置が中央に寄っているのと

車体裾部分の絞り方が直線的なのです(他にも差異が多数あり)。

 

キハ27 11はその先行生産された最初のロットの車両、

ここがカーブではなく直線的なのがわかりますでしょうかね?

このキハ27だけで15分近くも楽しめちゃいました。

こんなんだから時間がなんぼあっても足らんわ。

 

館内では保存車両だけではなく施設にも注目ですよ。

構内にはかつて手宮機関庫(のちの小樽築港機関区手宮支区)があり、

転車台と扇状庫が現役当時のままの姿で残ってるのです。

ちなみに右側に見える機関庫は明治18年に造られたモノ。

現存する機関庫としては国内最古のモノなんですって。

 

機関庫の周辺には道内各地で活躍した除雪車が集められてました。

キ752(左)とキ718(右)、共に同一形式の「キ700」ですが

キ752は近代化改造工事を受けたために姿が大きく異なります。

時速65キロ以下の車両に巻かれた黄色帯に萌える人、

自分だけじゃありませんよね?

 

個人的にはコレが見れたのが嬉しかったです。

ロータリー式除雪車のキ600形。

名寄駅近くで見ることが出来るキマロキ編成にも組み込まれていた、

大口を開けた車両でした。

 

「キ600」形式は存在していることだけでも奇跡ですけど、

更にすごいのは、ここで保存されてるキ601は

大正12年にアメリカから輸入された車両であること。

輸入されたのはキ600・601の2両だけで、

キ602以降はこの2両を研究して国内製造したモノだそうです。

キ601とキ602の間に製造年のブランクが5年空くのは

そのためだそうですよ。

 

製造銘鈑ならぬ輸入銘鈑?

英語表記による三井物産の銘鈑が貼られてました。

 

機関庫から出て転車台を眺める。

転車台はアイアンホース号の方向転換に利用されてました。

 

こちらは国鉄時代に現金輸送で使われていた日本銀行所有のマニ30。

その用途から、鉄道雑誌等での掲載はタブーとされてた形式でした。

その昔、隅田川で実車を初めて見た時に

側窓がほぼ無い異様な様相の車両を見つけて驚きましたっけ。

 

3軸ボギーのTR78台車を履く救援車のスエ78 5。

昭和5年に製造されたマロネ37を戦災復旧した車両でした。

側面に2つずつ並ぶ側窓に寝台車時代の面影が残ります。

 

車内に優等車時代の面影が残ってないかな~

なんて気持ちで眺めてましたが…

さすがは戦災復旧車、車内はそれどころではない状況でした。

 

同じく救援車のオエ61 309です。

「オエ61」という形式を見て、てっきりこの客車は

全長17メートルの木造客車の台枠を切り継いで鋼体化改造した

「60系客車」だと完全に思い込んでた自分。

 

車体の下に潜って舐めるように見回して、

台枠の切り継ぎ箇所を探してみたのですが見つけられませんでした。

後から知ったのですが、この客車(308を除くオエ61 300番台)は

60系客車ではなくマニ36からの改造車だったのですね、残念!

車体を見れば当車が32系客車であることはわかるはずのに。

えっ、自分が何を言ってるのかさっぱりわからないって?

そこはスルーして頂いて結構です。

 

他にも紹介したい車両は山ほどありますけど割愛します。

ぜひ現地で確認くださいませ。

間もなくアイアンホース号の発車時刻が近づきました。

自分はここに来るまで知らなかったのですけど

アイアンホース号は明治42年に製造された本物の蒸気機関車だそうですよ。

この後はコレに乗車しましたが、長くなりましたので次回に続きます。

(続きもぜひチェックくださいませ)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その4 アイアンホース号編)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(ラスト 小樽市総合博物館のしずか号編)

 

 

函館本線(小樽駅‐旭川駅)

南小樽駅の訪問記

 

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