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2つ前のブログで昭和37年に営業廃止された

手宮線・色内(いろない)仮乗降場のことを書きました。

手宮線跡

色内仮乗降場は昭和60年に廃止された手宮線で唯一の中間駅で、

現在は跡地に現役当時の駅舎を模した散策道の待合所が設けられてます。

 

色内仮乗降場のことをいろいろと知りたく

雑誌「鉄道ファン」のバックナンバーを漁ったところ…ありましたぜ☆

通巻15号(昭和37年9月号)に手宮線の旅客営業廃止を伝える

4ページの記事が掲載されてましたよ。

無断転載で申し訳ありませんが、

下が小熊米雄先生が撮影された廃止直前の色内仮乗降場の写真です。

 

そして現在ある待合所の様子。

手宮線跡

背後に見える小樽美術館の建物が変わってないのがわかりますよね。

待合所のデザインは模したというよりも、

元の意匠をオマージュして現代風にアレンジしたという感じです。

大きさはひと回り小さくなった感じでしょうか。

 

「鉄道ファン」の記事には他にも色内仮乗降場の写真が載ってました。

ここで気になることが幾つか出てきまして…

まずはこちら、昭和12年に撮影された色内仮乗降場構内の写真です。

手宮線は明治43年から昭和18年にかけては複線であったために、

色内仮乗降場も相対式ホームを2面持つ駅だった模様。

 

写真に写るホームの位置を特定したく、

国土地理院のサイトから昭和23年撮影の航空写真をチェックしました。

当時は既に手宮線は単線化されてましたが…ホームが2本写ってる!?

下の写真がソレですけど、この頃はまだ

複線時代のホームが残っていたのではないでしょうか?

「鉄道ファン」掲載の写真は

このホームに列車が進入する場面だったのではないでしょうかね?

…だとすると、複線時代の色内仮乗降場は

千鳥状に2本のホームを配していたということになります。

そして驚いたのは、駅舎らしき建物が

現在ある待合所の位置よりもやや北側に写り込んでいたのですよ。

「駅舎?」と記した建物ですけどコレ、ホーム上に建ってるのですよね。

 

そしてそして…

こちらは廃止直前に撮影された構内の様子です。

石積みの単式ホームが写る写真ですが、その上にある建物に注目ください。

手前(日銀通りの踏切側)からホームの上屋?

現在ある待合所のモチーフとなった駅舎が並び、

その奥に木造駅舎っぽいモノが写り込んでいるのです。

位置的に昭和23年撮影の写真に写り込む駅舎と一致してますし、

自分はコレを有人駅時代?の駅舎と見ましたけど…

この建物の正体を知りたいと思いません?

 

ここでふと思い出したことがありました。

あの場所には確か、今も古い家屋が残っていなんじゃないかなって。

下の画像の建物でした。

手宮線跡

大改造されてますけど、まさかこれ

色内仮乗降場の旧駅舎じゃありませんよね?

 

このことに気づいたのは昨晩の話。

故に古い木造家屋の写真はコレ1枚しか撮ってません。

そこでズルして申し訳ありませんが、

グーグルマップのストリートビューでこの家屋を眺めてみましたよ。

この古さはどう見ても、

色内仮乗降場が廃止されてから建ったようには思えないのですが。

 

道路側から建物を見ると結構カオスな状態のようです。

 

建物の土台とか、ホームそのものに思えません?

 

ホームは赤印で示した位置にあったはずです。

昭和23年撮影の航空写真に写る建物が「駅舎」だという想定の上に、

今も残る古い家屋が駅舎の一部だという仮定を立てましたが、

実態はどうだったのでしょう?

年内は来月末に道北を旅する予定なので、

その際に色内仮乗降場跡にも再訪してみますね。

 

(手宮線の廃線跡を歩きました)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その1 南小樽駅~色内仮乗降場跡編)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その2 色内仮乗降場跡~手宮駅跡編)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その3 小樽市総合博物館の展示車両編)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(その4 アイアンホース号編)

昭和60年に廃止された手宮線跡を歩いてみた(ラスト 小樽市総合博物館のしずか号編)

 

函館本線(小樽駅‐旭川駅)

南小樽駅の訪問記

 

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