皆さま、こんにちは!
このブログでは10回以上書いたと思いますが、
旅に出る際に、昭和58年~59年にかけて小学館から刊行された
「国鉄全線各駅停車シリーズ」を持ち歩いてました。
国鉄当時の全駅の様子が詳細に綴られた書籍で、
現在の様子と対比するのが楽しくていたのですよ。
旅をすると
「書籍に載ってる田舎の駅がこんなに立派になっちゃったの!?」
というシーンに遭遇することが多々ありましたが、
今回はそれとは逆パターンの駅の訪問記でした。
場所は先月訪れたばかりの豊肥本線・竹中(たけなか)駅です。
書籍には、ホームに停車中の普通列車に乗り込む数多くの乗客と
それを見送る駅員さんが掲載されてますよ。
ちなみにこの当時の竹中駅はこんな感じだったみたいですね。
国土地理院のサイトから転載した昭和51年撮影の航空写真です。
大正5年に開業した当時から使われてる大きな木造駅舎を持つ駅。
駅前には道路を挟んで数軒の民家が並んでましたよ。
この写真をイメージしながら竹中駅に着いたのですけど…
あらま、小さな駅舎に建て替えされちゃったんだ。
竹中駅は昭和58年に無人駅化されたらしい。
これに伴い待合室だけの簡易駅舎に建て替えされたとのこと。
駅舎の西側のこの空き地に木造駅舎があったみたいですね。
無人駅に変わって簡易駅舎に建て替えされることは
珍しいことではないので全然驚きませんでしたが、
問題はここからです。
駅前に並んでいた民家がすべて消え、
雑木林に変わってたのですよ!
航空写真を見ると、確かにここに民家があったはずなのですが…
民家はどこにいったの~!?
航空写真と現在の様子を見比べると道路が拡張されているので、
撤退した民家の敷地は道路用地に転用されたのでしょうか?
ここが写真と同じ場所に見えず、ずっと首を傾げてましたわ。
ちなみに目の前の雑木林では”竹”が群生してました。
それってやっぱり…
ここが竹中駅だから?
駅名の由来はそんな単純なもんじゃないと思います。
そしてホームに入ると、向かい側からワンちゃんに吠えられました。
1匹、2匹ではありません。
20匹?いや、それ以上の数のワンちゃんに吠えられたかな?
よく見たら、それに見合った数のワンちゃんがいました。
竹中駅の向い側はブリーダーさんの飼育場なのでしょうかね?
それってやっぱり…
隣りの駅が犬飼(いぬかい)駅だから?
…んなわけない。
とにかく犬の鳴き声が聞こえる以外、
人の気配はまったく感じられない竹中駅でした。
書籍に載ってた賑やかな竹中駅はどこに行ってしまったのでしょ?
それでは現在の竹中駅の様子をチェックします。
駅舎は駅便(駅の便所)を備えた鉄筋コンクリート造り。
最近の簡易駅舎は木造のモノが多いですが、
強固なこの造りに”国鉄時代の駅舎”が感じられます。
コンセント(無断で利用してはいけません)やマンガ本もあるので、
かなり快適に過ごせそうですね。
マンガ本を置かれてた方は40代半ばの主婦層とみた!
構内踏切を渡ってホームに進入します。
竹中駅は列車の行き違いが可能な島式ホーム1面2線構造でした。
Wikiによると、
竹中駅では昭和37年まで貨物の取り扱いが行われていたらしく。
それが廃止されて55年以上が経過しましたが、
当時使われていた貨物ホームが今も残されてましたよ。
廃れた貨物ホームに補修を施した形跡が見られるので、
貨物輸送が廃止されてしばらくは、
このホームは保線車両留置線として使われていたのでしょう。
竹中駅の名所は「吉野の臥龍梅」なり。
樹齢800年の臥龍梅を見ることが出来る吉野梅園、
開花時期になると「吉野梅まつり」も催されてるそうです。
しかし徒歩1時間はきっついなぁ。
最後は竹中駅の構内全景で〆ます。
まるで未来にタイムリープしたかのような竹中駅でしたが、
数百メートルほど離れた場所に集落があるため、
利用者はそこそこいるっぽく。
列車から下車されたお客様がいれば
昔の竹中駅の様子を聞いてみたいと思いましがが、
残念なことにこの時の下車客はゼロでして…
結局の所、人から昔の竹中駅の話を聞き出すことは出来ずに、
この日は最初から最後まで
ワンちゃんに吠えられっぱなしで帰路に就きましたとさ。
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