皆さま、おばんです!
前回のブログで南阿蘇鉄道の立野駅を挙げましたが、
今回はそのお隣にある、JR豊肥本線の立野駅です。
南阿蘇鉄道の立野駅と同様に、
国鉄時代の木造駅舎跡地に建ったお土産屋さんの後ろにある歩道橋を下り…
突き当りにある看板を左に曲がるとJR立野駅が見えてきますよ。
駅舎がある位置は元々、2本の貨物側線があった場所です。
駅舎はログハウス風。
高森線が第三セクター化された昭和61年に建てられたモノと思いますが、
阿蘇高原線の愛称を持つ豊肥本線の駅にふさわしい造りですよね。
昭和61年といえばバブル時代に突入する目前、
ソアラやワイドボディのクラウンが売れまくっていた頃です。
私をスキーに連れてって~とか言ってたのもこの頃でした。
南阿蘇のレジャー施設もこの頃はさぞ賑わっていたことでしょう。
ちょっと贅沢な造りの駅舎を見ると、そんな時代が見えてきちゃいますの。
構内踏切を渡って豊肥本線の島式ホームにイン。
ホームには国鉄時代からの上屋があり、
駅舎とは違ったレトロ感が楽しめますよ。
ホームの上には「日本一のスイッチバック駅」を記す数多くの看板が。
JR仕様の駅名標もご覧のとおりです。
それにしても、まさか、スイッチバックが街の名所になろうとはね…
スイッチバックがある方向の、駅の西側を眺めます。
矢印の先にあるのが豊肥本線の大分駅・赤水駅方面の線路ですが、
標高差がいかにあるかがわかりますよね。
その先から下った辺りが、
今回の熊本地震で発生した土砂崩れによって路盤が流失した地点でした。
立野駅を堪能していたら、バブルの落し子、
もとい、あそぼーい!102号がやって来ましたよ。
なにこれ、カッコよすぎるんですけど。
485系電車と協調運転が可能な気動車特急として誕生したキハ183系1000番台車。
その車両も、昭和63年の誕生から間もなく30年が経とうとしております。
九州では相方が全滅しちゃいましたけど、
今でも協調運転のシステムは生きているのでしょうかね?
双頭連結器は今でも残されているようですが。
特急あそぼーい!は列車交換のほか、立野駅見学?のために
5~12分程度の停車が行われているようです。
しばらくすると、熊本駅に向けて発車してゆきました。
この後のことですが、
立野駅のスイッチバックを間近で見たくて転向線近くまで移動しました。
結果を先に話すと、うんと近くまでは近寄れなかったのですが…
その様子は次回のブログに続きます。
(続きもぜひチェックくださいね)
日本最大のスイッチバック!豊肥本線・立野駅のスイッチバックを眺めてみた。
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