皆さま、こんにちは!
ホントにどうでもいい話ですが…
来週、このブログを始めてから10年目を迎えます。
以前のブログでも何回か書いたことがありますけど、
ブログを始めたきっかけは
当時気になっていたグラビアアイドルさんのブログに
「アメンバー限定記事」があり、それを覗くため。
さぞエロい画像のオンパレードかと思いましたら、
ダイエットメニューの紹介等々で期待を大きく裏切られましたが、
「せっかく登録したのだから」と書き始めたのがこのブログでした。
10年前の記事を見ると、
最初から鉄道ネタを出してたわけではなく
TDRネタだったところに、女の子ウケを狙う下心が現れてますね。
10年前の自分、なにやってんのよ。
さて今日は、3年前に訪れた筑肥線から
昭和10年に開業した桃川(もものかわ)駅の訪問記です。
これも以前のブログで書いたことがありますけど、
旅を楽しみ際に、自分が中学生だった頃に購入した
「国鉄全線各駅停車シリーズ」を必ず携行してました。
昭和58~59年に刊行された書籍ですが、
当時の国鉄全駅の写真とスペック、配線図が記されてるのです。
当時の現在の様子の比較が楽しくて
駅巡りが止められなくなっちゃったのですよね。
桃川駅の項には、当時は既に無人駅だったはずですけど、
有人駅時代の古い木造駅舎と
集札中と思われる駅員さんが写る写真が掲載されてたのです。
下は国土地理院のサイトから転載した昭和51年撮影の航空写真。
書籍に掲載された写真はその頃に撮影されたのではないかと。
当時は、現在と変わらない単式ホームが1本あるだけの駅ですけど、
ホームの手前側に1本の線路が伸び、
そこから農協倉庫に荷役が出来る構造だったみたいです。
現在の桃川駅は、駅舎が解体されて様子が一変してることは
ネットの情報で知ってましたが、
現地に着いたら、航空写真にも写るロータリーが今も残っていて、
嬉しくて写真を撮りまくっちゃいました。
近所のおじいちゃんがその様子を見てましたけど、
よほど不審に思われたのだろうなぁ。
ロータリーから駅前を眺めました。
この景色は国鉄時代から変わっていないのではないでしょうかね?
大きな車寄せを持つ立派な木造駅舎は消え失せ、
直接ホームに進入スタイルに変わった桃川駅ですが、
駅舎のコンクリート基礎が今でもハッキリと残されてました。
こちらが駅舎の基礎跡です。
有人駅時代の駅舎はどんなモノだったのだろう?と考えながら
基礎跡を眺めながら付近をうろつく。
お金を落としたわけじゃないので、おじいちゃん心配しないでください。
元々は駅舎側に貨物側線が存在していたために、
ホームは駅舎跡からやや離れた場所にあります。
こちらが桃川駅の単式ホームでした。
貨物側線が消えたために農協倉庫はすべて撤去されたと思いましたら
今でも1棟だけ残されていたのですね。
全国の農協がJAに変わって25年以上が経過しましたけど、
久しぶりに「農協マーク」を見た気がします。
どこか「昭和時代」にタイムスリップしたような桃川駅でしたよ。
最後はホームの全景で〆ます。
桃川駅はホームから眉山や八幡岳を眺めることが出来る絶景駅でした。
日中はこんな静かな駅なのに
実は利用者は多く、朝夕は結構賑わってたみたいですね。
このギャップが堪らん!
今の世の中は様々なSNSが存在しますが、
ブログは自己の情報発信をするのに最高のツールだと思います。
ここでは詳しくは書けませんが、
自分も人生がブログによって良い方向に変わりましたので。
そんなことで弊ブログの11年目も、ぜひお付き合いくださいませ。
↑(山本駅方面)
桃川駅(平成28年2月2日)
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