皆さま、おはようございます!
平成29年も残すところ2カ月弱になりました。
今年も各地の駅巡りを楽しみましたが、
振り返ってみると、雨の日に当たったのはたった1日だけだったのですよね。
ひょっとして自分、雨男から卒業する日が来た?
思い返せば、一昨年、昨年の駅巡りは雨の日だらけだった自分。
こちらは土砂降りの中で訪れた駅でしたよ。
石勝線・沼ノ沢(ぬまのさわ)駅です!
見てくださいよ、このどんよりとした空を。
まだ午前9時過ぎだっていうのに、本当に参っちゃいましたわ。
沼ノ沢駅は明治38年に開設された駅。
現在の駅舎は開業当時から使われていた駅舎に代わって
昭和38年に建て替えされたモノだそうです。
昭和61年に無人駅化されて以後
(現在はレストランさんが切符を販売する簡易委託駅)、
駅員さんがいた事務スペースはレストランに改装されたそうで、
とてもオシャレな駅舎に変わってましたよ。
ちなみに自分が訪れたのは開店前の時刻、相変わらずタイミング悪し!
駅舎の中は結構披広め、その理由は飾られていた写真でわかりました。
沼ノ沢駅周辺は夕張市南部にある駅。
ここも夕張市内の他の地域と同様、かつては「炭鉱の町」だったそうで、
昭和62年までは市内南西部にあった真谷地炭鉱まで伸びる
北海道炭礦汽船真谷地炭鉱専用鉄道が分岐していたそうです。
ちなみに上の写真は木造駅舎時代の沼ノ沢駅、
下は建て替えされたばかりの昭和38年に撮影された沼ノ沢駅でした。
蒸気機関車の写真もあります。
石炭車(セキ)を牽引する重連のデゴイチが写っているので
沼ノ沢駅構内で撮られた本線列車の写真かな?
こちらは真谷地専用鉄道の旅客列車、
牽引するのは8100形蒸気機関車だそうですよ。
この辺りの機関車は丸っきり無知でして…
形式を言われてもピンと来ないのが情けない。
専用鉄道は昭和62年の真谷地炭鉱閉山によって
同年に廃止されてしまいましたが、
それまでの沼ノ沢駅はこんなに賑やかだったんですって。
こちらは専用鉄道が現役だった頃の昭和51年に撮影された航空写真ですが、
大量の石炭車(セキ)が写ってるのがわかりますかね?
黒く写ってるのがセキ、西瓜の種ではありません。
当時の沼ノ沢駅は
相対式と島式の2本のホームを持つ駅だったみたいですね。
かつて広大な構内を持っていた沼ノ沢駅の現在の様子が気になり、
確かめるべくホームに入ってみました。
あらら、単式ホームが1本だけの棒線駅に変わっちゃってる。
ユニークなのは、この単式ホームはかつて
駅舎の外側にあった島式ホームを改修したモノだっていうことです。
元々駅舎寄りにあった相対式ホームもそのまま残されているので、
この方角から駅舎を見ると、今でもホームが2本あるように見えますよね。
故に駅舎と到着する列車の距離はこんだけ離れてますのよ。
ねっ、結構遠く感じません?
雨に濡れたくないので、駅舎から列車を見送りました。
この時は8往復が運行されていた列車も現在は5往復に減少。
列車を見送るのも難儀になった石勝線の夕張支線でした。
昔はここに大量のセキが留置されてたはずなのですが…
ヤード跡は整地され、一部は工場用地に転用された模様。
雨が強かったので細かなところまでは見れませんでしたが、
構内には今でも専用鉄道の遺構があるのかな?気になります。
最後は沼ノ沢駅の駅名標です。
塗りつぶしが意味するものとは一体…?
こうして構内のチェックを終えましたが、
気になったのは、昭和62年に廃止された北海道炭礦鉄道の専用鉄道のこと。
現役時代、線路は沼ノ沢駅の西側から分岐をして大きくカーブし直進、
沼ノ沢から約4キロ離れた真谷地炭鉱まで伸びていたそうです。
沿線には数多くの炭鉱住宅も存在していたようで。
上の2枚はともに昭和51年に撮影された航空写真でした。国土地理院のサイトより転載。
専用鉄道の終点・真谷地の現在の様子が見たく、
沼ノ沢駅を出た後に現地に向かうことにしました。
クルマで移動すれば15分弱で着ける距離ですからね。
雨の中の廃駅巡りでしたが、その様子は次回に続きます。
(続きもぜひチェックくださいね)
昭和62年に廃止された北海道炭礦汽船真谷地炭鉱専用鉄道跡を眺めてみた。
沼ノ沢駅(平成27年10月20日)
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