ここ2週間ほどのジジイは、不意なことから
『異郷土史・俄か研究家・・・』
にのめり込んで居る・・・(汗)
と云うのが・・・、ジジイが若い頃出逢って、頭をアンマーで殴られたようなショックを受けて脳に刻み込んだ
『寝て居て人を起こすこと勿れ・・・』
の名言を残された『石川理紀之助さん』の胸像が、ジジイの棲家(やさ)からホンの近い処に建って居るのを視て、
『何でこんな処に理紀之助翁の胸像が・・・?!』
から始まった都城市山田町から庄内町に遡る『前田用水路の旅』で出逢った『坂元源兵衛さん』の曾孫さんが他界されて居たことを、3年も経って識ったジジイは、この曾孫さんと交わした
『源兵衛さんの胸像(=現在は陶像:昭和8年建立)を建て直しましょうよ・・・!』
と云う提案をした時、身内からは云い出せ無い話だけに、その傷み具合を気にして居られた曾孫さんが、
『そりゃあ、有難いけどなあ・・・!』
と期待を寄せながら他界されたことに申し訳無さを強く覚えてしまい、早速、その約束を果たすべく、異郷人(=薩摩の産)が誰に頼まれた訳でも無いのに、お節介にもこれを実現すべく
『裏仕掛け(=種蒔き)・・・』(=こう云う話は、地元が盛り上がらなきゃ成功しない・・・!)
に奔走して居る次第で、その偉功を再検証すべく、序でに『理紀之助翁』のこの地での功績も再復習させて貰って居る中で、合併する前の『旧・山田町』の図書室に潜り込んで居たら、こんな奇特な本に出合った・・・!
誌名は『しほうめん』と読み、昔から、この地のシンボルとして親しまれて来た小高い山だそうだが、創刊が平成26年と云うから、所謂『平成の大合併』での1市4町合併(=平成18[2006]年)後直ぐの平成19年に、
『昔の山田町を語り残して措こう・・・!』
との有志が集まって興され、活動8年にして、遂には、こんな冊子を刊行されたのだから、その郷土愛の強さには頭が下がる・・・!
然も、その熱意は並大抵では無く、既に10号以上も刊行されて居るのだから、理紀之助翁の遺徳はこんなところにも、今も生きて居るような・・・?!
無論、ジジイの目的は『理紀之助翁の足跡探し』だったのだが、先ずは2冊ほど借りて来て読んでみると、これがなかなか面白いと云うか奥深いと云うか・・・!
そんな奥深さなんてのは、奇しくも山一つ越えた薩摩の霧島に生まれ、昔から『都城』と云う処を識って居るジジイだから興味が湧くだけで、縁も所縁も無い方々には面白くも無かろうが、創刊号と二号の巻頭に載せて在る『昭和の山田残像』と云う写真なら、全国共通を感じて頂けるかもと想い、撮影者の『廣瀬義昭様』にはお断り無くだが、暫し、
『昭和の田舎風景・・・』
に興じて頂こうと企んだ次第で・・・(汗)
先ずは、コレ・・・!
如何ですかな・・・?!
少なくとも、昭和30年代半ばまでにお生れの方々には、
『身に憶え・・・』
が有るハズ・・・(笑)
ジジイの出席番号の一つ後ろの『松木君』は弱虫で、この注射が有るといつも泣きベソを掻いて居たのを想い出すなあ・・・!
続いて、コレ・・・!
学校に来てましたなあ・・・!
この後、あの『バス型レントゲン車』が巡回するように為って、今に至るって寸法ですな・・・!
これなど、如何・・・?!
これ又、誰もが『身に憶え』の有る光景だし、今でも視られる光景なのだろうが、ジジイなど、音楽以外は、全部『All Five』だったから、隠す必要も無かったけど・・・(ウソ)
中には、こんな微笑ましい光景も・・・!
『将来、何に成りたい・・・?!』
と訊かれて、女子で一番多かったのが美容師さんと看護婦さん・・・!
さすがに、小学生で
『お嫁さん・・・』
と応えた嬢は居なかったかな・・・(笑)
ジジイの夢は
『大工さん・・・』
だったから、まあ、そう外しては居ない・・・?!
男の子も女の子も、まだ
『手に職を・・・!』
と云うのが、田舎では大半だった時代だ・・・!
女性でも多くが四年制大学に進学する今とは、当に『隔世の感』だわな・・・!
何せ、中学卒で就職する生徒が
『金の卵・・・!』
と持て囃された時代だったからなあ・・・!
これも、身に憶えが有るでしょう・・・(笑)
何せ大流行したギャグポーズでしたからな・・・!
ジジイの記憶でも、確か小学3年生(=昭和42年)の頃、ウッカリ家の中で遣って、オヤジに拳骨を喰らった想い出が有るのだが・・・?!
ココ等辺りから、所謂
『TV(=映像)染脳時代・・・』
が始まるのだ・・・!
ところで・・・、今はもうハッキリ想い出せ無いが、これって、何(=誰)のギャグだったかなあ・・・?
そろそろ最後にもう一枚・・・!
都会でお育ちの方々にはまったく想像が及ばないだろうが、今のように軽トラックが走って居た時代では無かったから、農家の荷物運びは牛馬の仕事で、自然、こんな『おきみやげ』は彼方此方に落ちて居た・・・(笑)
他所視しながら歩いて居ると、この上を踏んで悲惨なことに・・・(笑)
尤も・・・、賢い農家のオジサンやオバサンは、後からこれをスコップで集めて廻って、肥料にしてたから逞しかったわなあ・・・(笑)
てな訳で・・・、けふ(今日)のジジイの指遊びは、御同輩諸兄諸氏にも懐かしがって頂ける
『昭和の田舎回顧展・・・!』
で閉じさせて頂きます・・・(謝&拝)
第二部も遣ろうかな・・・(汗)






