前回写真を載せた大阪高松カテドラル聖マリア大聖堂 カトリック玉造教会は、実は本ブログで過去数回参照しています。
昨日は殉教の歴史という切り口で載せましたが、去年の記事では、関西万博のイタリア館からこの教会に鐘が移設されたことなどを述べました(関西万博イタリア館の鐘が設置された教会)。
再掲となりますが、当該の鐘がこちらです。
結構大きな鐘で、イタリアの地図が描かれているのが目を引きました。
なにやら文字が刻まれていてー
このとおり。
7月にイタリア館で行われたモリーゼ州ウィークに合わせて持ち込まれた鐘で、そのイベント終了後の居場所として、こちらに白羽の矢が立ったようです。
これまた備忘録的に再掲となりますが、大阪高松カテドラル聖マリア大聖堂の設計者である長谷部鋭吉が手がけた東京ルーテルセンター教会や旧住銀本店の写真も貼り付けておきます。
●旧住銀本店(三井住友銀行 大阪本店ビル)
住友銀行大阪本店といえば、大阪を地盤とする住友グループの総本山みたいなもの。
だから思い切りいかめしいビルに仕立てよう、といった力みを感じるぐらい重厚な建造物に仕上がっています。
今では合併で三井住友銀行となり、東京本店という呼称も使われているみたいだけど、住銀時代の東京における最大店舗は、かつて東京営業部という名称で、東京本店という名は使われていなかったような気がします。
さて大阪高松カテドラル聖マリア大聖堂の外観に続き、今日は内観の写真を入れます。
まずはキリストの物語を描くステンドグラスから。
公式サイトの情報によると、
・窓は大小約100個
・ステンドグラスは通風窓をのぞき、ベニス工房・羽淵紅州(ステンドグラス作家)が制作
とのこと。
受胎告知
キリストの生誕
十字架降下~ピエタ
外側からも見える小窓は、内側から見ると真っ青です。
マリアの生涯も:
ザビエルの日本での説教でしょうか。
石垣やちょんまげ姿の侍が見えます。
キリストの十字架など、彫刻作品も多く、画像は割愛しますがオーストリアの彫刻家・ルンガルチェ氏の木彫であるとのことです。
2400本ものパイプを有するというパイプオルガンの下に並ぶのは、岡山聖虚による「日本二十六聖人画」の掛け軸です。
ブロ友さんが以前掲載していた長崎の日本二十六聖人記念館(地下鉄シリーズで名前を出した今井兼次の設計でしたっけ)や、日本二十六聖人殉教地の26人のレリーフを想起します。
この教会にある聖人たちの掛け軸はレプリカで、本物はバチカン美術館に収められています↓
乾燥による劣化が著しく、日本で修復する(した?)といった記事も目にしました。
26聖人のうち、ネット情報によると、6人がフランシスコ会宣教師で、内訳はスペイン人4人、ポルトガル人がひとり、メキシコ人がひとり。
それ以外の20人が日本人キリシタンでした。
服装からもわかりますね。
痛ましいのは明らかに子供も含まれていたということ。
例の「クアトロ・ラガッツィ」の書のなかでも、すさまじき拷問の様子が描かれていました。
特に凄惨を極めるのは徳川家康時代。
耳をそいで市中を引き回し、地中に穴を掘って逆さづりにして、血が下がり切って息絶えるまで6日を要した例など、悲惨極まりない描写もありました。
下に写っている小像が、上述の彫刻家の作品の一部です。
教会の歴史は、公式サイトから抜粋すると:
1894年、聖アグネス聖堂が創建;
その後戦災で焼失;
ザビエル来日400年記念の年に建設された聖フランシスコ・ザビエル聖堂に引き継がれ;
1963年3月、現司教座聖堂「聖マリア大聖堂」として誕生。
外側はすっきりしていますが、内側には様々な思いをぎっしり詰め込んでいる印象です。
堂本印象に中央3枚の絵を依頼したり、彫刻、ステンドグラス、掛け軸、それぞれの作者がきちんと教会側で記録として残されていて、それらの情報を公開していることからも、熱意が伺われます。















