オンライン英会話講師の佐藤さんの疑問
「先生、私の知り合いに、営業らしい営業を一切していないのに、生徒さんが途切れない人がいて。なんでなんだろうってずっと不思議で」
そう話してくれたのは、個人でオンライン英会話を教える佐藤さんだった。
独立して1年。集客に悩んでいた。SNSで体験レッスンの告知を出し、メルマガを送り、「今なら初月半額」というキャンペーンも試した。問い合わせはぽつぽつ来るが、なかなか継続につながらない。
「私より経歴がすごいわけでもないし、価格が安いわけでもない。なのに、なんであの人はいつも満員なんだろうって」
その「不思議な人」に話を聞く機会を作ってもらった。
実際に会って、話を聞いてみると、答えはすぐに分かった。
その人は、体験レッスンで相手と話をほとんどしていなかった。
「売る気」は、言葉にしなくても伝わる
佐藤さんに、体験レッスンで何を話しているか聞いてみた。
「自己紹介と、レッスンの内容の説明と、どんな効果が出るかをお伝えして。あとは実際に少し英会話をやってみてもらって、最後に継続プランの案内をしています」
「体験に来た方の話を聞く時間は?」
「えーっと……最初に少しだけ、目標を聞くくらいですかね」
「なぜ英語を学びたいのか、その背景まで聞いたことは?」
「……そこまでは聞いていないです」
そこに、答えがあった。
佐藤さんの体験レッスンは、「このサービスを買ってもらうための時間」になっていた。でも「不思議な人」の体験レッスンは、「この人のことを深く知るための時間」になっていた。
その違いが、そのまま結果の違いになっていた。
人は敏感だ。目の前の人が「自分のために話しているのか」「自分から何かを得ようとしているのか」を、言葉にしなくても感じ取る。「売られる側」だと感じた瞬間、心に鎧をまとう。どれだけ内容が良くても、鎧をまとった状態では何も届かない。
恋愛で考えると、よく分かる
初めてのデートで、相手がずっと自分の自慢話をしていたとしたら、どう感じるだろうか。
学歴、収入、趣味、実績。「私はこんなに良い人間です」というアピールを2時間聞かされた後、「また会いたい」と思えるだろうか。
ほとんどの人は、思えない。
でも、初めて会ったのに「あなたの話をもっと聞かせてほしい」という姿勢で向き合ってくれる人との時間は、あっという間に過ぎる。「この人といると、なぜか自分のことをもっと話したくなる」という感覚が生まれる。
そしてその感覚こそが「また会いたい」につながる。
ビジネスも、まったく同じだ。売り込むほど人は引き、相手の幸せに没頭するほど人は近づいてくる。
「選ばれる人」が体験レッスンでやっていること
改めて、「不思議な人」が体験レッスンでやっていたことを整理すると、三つに集約された。
**相手の物語を、誰より深く聴いていた。**
「英語を学びたい」という表面的な目標ではなく、「なぜ今このタイミングで学ぼうと思ったのか」「英語ができるようになったら、何が変わると思っているか」「過去に挫折したことはあるか、あるならなぜだったか」まで、丁寧に掘り下げていた。
**困りごとを先回りして解決していた。**
「海外赴任が決まったのに、全然話せなくて不安で」という言葉を聞いた瞬間、「赴任まで何ヶ月ありますか?」「どんな場面で英語を使う予定ですか?」と具体的に状況を把握し、「それなら最初の3ヶ月はこういう方向で進めると、赴任後に一番困らないと思います」と、その場で道筋を示していた。
**押しつけではなく、選択肢を差し出していた。**
最後に継続を勧めるとき、「ぜひ入会してください」ではなく、「今日の話を踏まえると、週1回コースと週2回コース、それぞれでどう変わるかをお伝えしますね。決めるのはもちろんあなたです」という言い方をしていた。
この三つだけだ。特別なスキルは何もない。ただ、「売ること」ではなく「この人の幸せ」に没頭していただけだ。
佐藤さんが変えた、体験レッスンの設計
私との話の後、佐藤さんは体験レッスンの流れを根本から変えた。
変えたのは一つだけ。最初の30分を、「聴く時間」にしたことだ。
英語の説明も、サービスの案内も、後回しにした。ただ「なぜ英語を学びたいと思ったのか」「どんな場面で使えるようになりたいか」「これまで挑戦したことはあるか」を、じっくりと聴いた。
そして相手の物語が見えてきた段階で、「今お話を聞いて、〇〇さんの場合はこういうアプローチが一番合っていると思いました」と、オーダーメイドの提案を出した。
継続プランの案内は、最後の5分だけ。しかも「ぜひ」という言葉は使わなかった。
「私との相性を感じていただけたなら、一緒にやっていけると思います。もし合わなそうなら、それも正直に言ってください」という言い方にした。
1ヶ月後、佐藤さんから連絡が来た。
「体験から継続に進む方が、明らかに増えました。先週来た方なんて、『こんなに話を聞いてもらったのに、申し込まないのは失礼な気がした』って言ってくれて。笑ってしまいましたけど、なんかすごく嬉しかったです」
逆説を体感した時、営業が変わる
「売ろうとするほど人は離れ、相手の幸せに没頭するほど人は近づいてくる」
この逆説は、頭で理解するのは難しくない。でも体感するまでには、時間がかかる。
なぜなら、「売らなければ」というプレッシャーは、ビジネスをしている限りどこかに存在するからだ。「今月の売上が」「次の契約が」という現実が、「売ること」を意識の中心に置かせる。
でも佐藤さんが気づいたように、売ることを一度意識の外に置いて、ただ目の前の人の話を聴く。その姿勢のシフトだけで、場の空気が変わり、相手の反応が変わり、結果が変わる。
売り込まなくても選ばれる人は、特別な才能を持っているわけではない。ただ、「相手の幸せに没頭すること」を選んでいるだけだ。
その選択は、今日から誰でもできる。
今日の問いかけ
あなたがお客様と向き合う時間の中で、「聴く」と「伝える」の割合はどのくらいだろうか。
もし「伝える」の方が多いなら、今日一度だけ逆にしてみてほしい。
「この人は今、何を抱えているのか」「何があれば、この人の明日は変わるのか」。その問いだけを持って、相手の話を聴いてみてほしい。
売ることを忘れた時間の中に、一番大切なものが待っている。
その逆説を、ぜひ一度体感してみてほしい。

