自分ストーリー1〜10話
こんにちは。
パン講師クリスチャンの平野宏子です。
今日は、自分ストーリー28話です。
私の父は、胃がんにより66歳で亡くなりました。
もしも生きていたら、もう91歳なんですね〜![]()
私の母は今81歳、主人の両親は79歳。
66歳はまだ早過ぎましたね![]()
当時私は28歳でしたが、父は母とは離婚をしてましたし、
姉はフランスでしたから、私が喪主兼施主を
しなくてはなりませんでした。
悲しんでいる余裕はありませんでした。
赤ちゃんの世話もしなくてはならないことが、
悲しみが紛れてかえって有難いとさえ思いました。
葬儀社は、ちょうど家から3分くらいのところに
ある『セレモ』というホールに決めていました。
生後3ヶ月の赤ちゃんを連れていましたので、
とにかく近いことですごく助かりました。
当時の私は、子供の頃から親の実家では仏式でしたから、
当たり前にお坊さんに葬儀をお願いするものと
思っていました。
葬儀社がいろいろ手配をしてくれるわけですが、
お坊さんは出張で依頼しますとか、
お布施の相場とか、
戒名をお願いしますかなど・・・
お金の話になるわけです。
聞いててどんどんモヤモヤしてきたのです。
違和感のような感じ。
それ必要
何のために![]()
そういうものなんだ〜と納得することが
出来なかったんです。
もちろん、父が仏教を信仰していたのなら
父のための葬儀をという理由がつけ
られたんですけど、
父はそんなの必要ないって
いうタイプでしたし、
私は初めて会う出張のお坊さんに何十万
のお布施と戒名料を支払う意味が
わからないと思ってしまったんです。
一応戒名の意味は調べましたけど、ランクに
よって金額が変わりますよね。
信仰がないから、ランクを金額で買うって
ことにも意味ないじゃんって思ってしまう![]()
宗派によってもいろいろらしいので、
身分制度やお寺への貢献度など、歴史的
要因が今も引き継がれているってことでしょう
かね。
考えた末に、『無宗教式』もありますと
いうので、父の兄弟たちに話して納得して
もらいました。
60代の人たちですし、実家は確か日蓮宗
だったから、心から納得はしてなかったと
思いますが、施主が決めたのなら仕方ない
といったところでしょう。
お金が関係しますからね。
宏子ちゃんの好きにすればいいと言っては
くれました。
お坊さんがいなくても当日の進行は葬儀社
の人にお任せすればいいので簡単でした。
私の中では、これでいいとすごくスッキリ
したものがありました![]()
今回のことで、仏教って何なの
って
考えましたし、私のお葬式も仏教ではなくて、
やるならキリスト教で行ってほしいという
思いが起こされました。
久しぶりにイエス様を思い出したのです。
そういえば、結婚式はホテルでキリスト教式
だったんですけど、もうほんとうに信仰的な
気持ちなんてあるわけもなく、形式的に
やってしまいましたね![]()
10年後、クリスチャンになってから、結婚式
関係の箱の中に、ホテルからもらった新約聖書が
入っていて驚いたんです。
当時は目もくれていなかった自分に・・・![]()
情けない![]()
これが神様に対する罪(原罪)です。
後日、父の兄弟の気持ちも考え、主人の友人で
曹洞宗を継いでる人がいたので、その人に
お願いして戒名を付けてもらいました。
その位牌も仏壇も、クリスチャンになってから
処分しましたからもうありません。
魂はその中にはないとわかったからです。
イエス様を思い出しても、まだ教会に行くまでには
至りませんでした。
人が行動するには、『ねばならない』と思うくらい
のきっかけが必要でした。
続く・・・
今日のみことば
私は37歳でキリストの福音を知りました。
福音とは、キリスト(神)が十字架にかかって死なれた
のは、全ての人間の持つ『罪』の罰を精算する
ためであり、及びその3日後によみがえられたという
事実を信じた者は今までの罪もこれから犯す罪
までもを神がないものとしてくださり、きよめられた
霊は永遠の命をいただくことになる・・・という
よい知らせ(good news)です。
もちろん、神様のテリトリーの天国に、罪人が
入ることは不可能です。
10歳の時もし教会から離れなかったらお父さん
にも福音を伝えることができたのに・・・。
あと10年生きていてくれたら・・・![]()
正直、父のことを考えると信じたくない事実
でした。
でも、私にとって都合のいいことを信じるなら
占いと一緒。
真理は決まっていることなのです。
父はキリスト教に全く縁がなかったわけではない。
世界3大宗教のキリスト教を知らないわけないし、
日本にも教会はたくさんある。
私と姉が子供の頃からお世話になってたいそみね
牧師夫妻は、何度か父のお見舞いに来てくださって
いたそうです。
父がキリストを知ろうとしなかったということ
なんだから、それも父の選択と言えるのだと
考えました。
[ヨハネの福音書 3:16,17,18,19,20,21]
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
御子を信じる者はさばかれない。信じない者はすでにさばかれている。神のひとり子の名を信じなかったからである。
そのさばきとは、光が世に来ているのに、自分の行いが悪いために、人々が光よりも闇を愛したことである。
悪を行う者はみな、光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光の方に来ない。
しかし、真理を行う者は、その行いが神にあってなされたことが明らかになるように、光の方に来る。
人の命は儚く、忍足で近付いてくるように、
ある日突然死はやってくるものです。
その前に、福音を信じて、神の子に立ち返る
ことを神様は願っておられます![]()
隣りで寝てるそら
寝起きうとうと![]()
うみもまだ眠いよー











