自分の内側から
色んな気づきが次から次へとあって
頭の中に溜まっていたものが
どんどん削ぎ落とされていく感じだった。
わたしは、
ずーーーーっと
自分を信じられる人になりたかった。
自分を好きになりたかった。
その為に、
たくさん学んで
たくさん向き合ってきた。
それでも
なんかイマイチ信じられなかったし
手放で「好き!」と言えなかった。
この記事は
思考が書いていた気がする。
でね、
昨日ハッキリとわかった。
わたしは
自分の感性を信じたかった。
絶えず何かを感じていて
喜怒哀楽が激しいのはもちろん
違和感やワクワクといった感覚まで
本当に常に何かを感じてる。
その感性を信じたかったんだ。
自分と向き合って
何かに気づくのも
他人と話をしていて
その人の心の奥にあるものを感じるのも
こうして
感じたことを言語化しているのも
ぜーーーーんぶ
わたしの感性があるからだ。
わたしは
この感性を信じられなくて
思考に主導権を渡してたんだ。
自分の内側から出てきたことが
自分にとって正解だなんて
恐ろしくて認められなかった。
そんな責任持てない。
外側にある正解を求めた方が楽。
だと、思っていたのかもしれない。
ちゃんとした人になるには
わたしの感じたことなんて
どうでもよかった。
その方がカッコイイ。
こうして
わたしは自分の感性よりも
思考の声を優先するようになったから、
どんどん自分がわからなくなって
お金はあるけど不満しかない人生を
送るようになった。
それは
働き方を変えても
根本的には変わっていなかった。
ただ、
オシャレが出来たり
時間的に余裕があったことで
多少はマシになったけど。
結局、
わたし自身が
自分の感性を信じていないから
思考が主導権を握ったままだった。
でもさ、
それも今思えばしょうがない。
だってさ、
わたしはそのやり方で
会社員の時も個人事業主になってからも
思考的な目標を達成したんだもの。
いわゆる
成功体験というものがある。
そのやり方を手放そうとしてるんだもの。
そりゃあ、怖いに決まってる。
少しずつしか手放せないのも
究極に切羽詰まった状態にならないと
出来ないのもわかった。
意識はとっくに
魂主導の生き方に向いてるのに、
思考がガッシリと握って離さなかった。
それだけ、
わたしにとって、
思考の声をスルーするという行動は
怖いことでめっちゃ勇気が必要だった![]()
まず、
これを認める必要があったんだ。
認めた上でしか、
どうする??は決めれない。
ようやく、
わたしは、
もう思考の声はスルーして
自分の感性を信じて生きる
を、選べた。
感性を信じるって
今に在り続けるということ。
思考が
未来予測をして大騒ぎしても
その声を聴いてどんなに怖くなっても
スルーするということ。
この思考の声のスルー力が高くなるほど
魂主導の楽ちんで安心の世界が広がる。
こんなに、
思考の声に翻弄されまくってた私ですら
その感覚はもう内側にあるし、
自動的に物事が動く経験もしてる。
だから、
それは真実で。
自分の信じたい自分を信じて、
ガヤガヤとうるさい思考の声をスルーして
今、やりたい事をするだけ。
なんかさ、
このくらいシンプルなんだなって思った。
ただ、
この思考の声をスルーする
ってのが、厄介![]()
臨場感増し増しで
すごく狭い世界に閉じ込めるからさ。
昨日、
感性を感じて生きると決めたら
早速面白い事が起きた。
いつものようにカーブスに行って、
さぁ、筋トレするぞーのタイミングで
何かいつもと様子が違うのを感じたの。
違和感。
その時、
何気なく見た会場の壁に設置されている
複数の扇風機を見た時にすぐわかった。
扇風機が回ってなかった。
すぐに
コーチに伝えたから
わたしたちは快適に筋トレが出来たんだけど、
わたしの感性って
こーいうことなんだと思った。
細すぎる感性に
自分でも嫌になっちゃう時があったけど
すぐに違和感に気づけるくらいに
敏感ということで、
それを
躊躇なく表現することで
「ありがとう」と言われる事があるんだ。
この「躊躇なく表現する」
ってのもすごいポイントでさ。
もしここで思考が働くと
「余計なことだと思われるかな」
「クレーマーだと思われるかな」
とか言い出して、
扇風機が回っていない事に
気づいていたのに言わない
と、なる。
これさ、
今までどんだけやってきたんだって話で。
だからさ、
昨日は言えた自分も嬉しかったんだ。
そして、
感じたことを表現することは
悪いことでも何でもないと思えた。
今思えば、
セッションや鑑定の時もそうだった。
命式というものはあるし
ある程度の知識というのはあるけど、
目の前にいる人から感じることを優先して
カスタマイズをして伝えていた。
それは
わたしの感性がしていたことだ。
そりゃあさ、
思考優位が強くなるほどに
セッションも鑑定もやりたくなくなるよね![]()
やれば楽しいやつなのに
やりたいにならなかった。
わたしは
感性を爆発させて自由に生きたいんだけ。
そこに
思考の声はいらない。
余計なお世話。
それが
自分軸で生きるってやつなんだな。
頭ではとっくに理解してたけど
ようやく身体で理解できた。
後は、
思考の声をスルーしまくるお稽古だ![]()
魂(感性)を信じるを軸にすることも
同時にお稽古だ。
ここはセットだからさ。
「頑張るぞぉー」と言ってる思考の声もスルー![]()
土曜日に
マイケルの映画を見たのも
もしかすると気づきのキッカケとなった1つかも。
この映画を通じて
自分の感性が命だということを
めいっぱい浴びてきたから。
わたしの感性も
ウズウズしたのかもしれない。
誘ってくれた友達は、
有料鑑定に踏み切れなかった時に
背中を押してくれた人。
ドリカムやミスチルのライブにも
連れて行ってくれたし、
いつも
わたしの感性が震えることを
与え続けてくれてた![]()
それは、今も続いてる。
思考優位でいたら、
そんな事にも
気づけていなかったよ。
ありがとう![]()
![]()
感性で生きると決めたら
既にあったことも見えてきたよ。
遊び心の星が多い人は
感性で生きる仲間だと思うー
三浦明美


