地上天国の住民への道も一歩から
2030年まであと7年
日月神示
すべてを聞し召して
~十六菊花紋章の型~
戦争をなくす方法。
あなたにできますか?
コウジ【KOUJI】
◆戦争をなくす方法
どちらかが折れない限り
戦争っていうのは治まらないって
いうことになるんですね。
もしくは第三者がですね、
例えば日本の皇室の天皇家がですね、
古代からずっと持っている言霊学であったり、
帝王学のですね、
根本原理にあたるような古文書とかを
開示していって、
世の中の宗教とか、主義とかね、
そういった思想の争いというのは、
すべてこういう原理から成り立ってるんですよ
っていう成り立ちを説明しに行って、
そこに介入するっていうね、
そういう方法でしかですね、
止められないですよ。
珈琲抗争で
みんながバラバラなんて嫌だ!
だから僕らが意識の中で、
止まれと願ったとしても、
止まるわけではないんですね。
言霊学上で、
折れるのはすべて自分だけなんですよ。
だからすべて自分がですね、
見方によっては損する
ということになるんですけども、
それをすべて自分で網羅してしまって、
何事も争いを起こさせないっていう
コントロールを
自分自身で行っていくとですね、
自分の経験している世界というものにはですね、
争いはない
ということになってくるわけですね。
ですから
昔の精神性の高い、
徳を積んでる人とかね、
釈迦とかブッタもそうですけども、
まず修行で欲とか執着とか、
そういったものを消して行く
っていう作業をやるわけですよ。
修行としてね。
で、修行で欲とか執着とか
ないっていう真理に到達すると、
人との争いに巻き込まれたとしても、
自分はですね、
主張がぶつかることもないし、
相手を立てることが出来る、
道徳的な境地に立てるわけですね。
昔のスメラノミコトも
全く同じような形でですね、
体得し終わっていて、
さらに言語上、あいうえおっていうね、
五十音図のすべてを網羅して、
自分の、人間の中には5階層の次元があって、
それぞれの心が中心になる時が出てくると、
人間にはそういう瞬間があると。
ほとんどの人は気づいていないで
生活しているけども、
五十音図っていうものの、
性質の真理にですね、
気づいているスメラノミコトっていうのは、
今、国民はこのようなことを言っている。
このような気持ちっていうのは、
どこどこの次元から出てくるものであると。
っていうことは、
じゃあ、こういう自己主張があった時に、
折れなければいけないのは、
自分の心の方であって、
それに対して、
ふざけるな!ってことを
丸めかけたり、
権力で潰しかけたりだとかを一切せずに
その声をそのまま聞くと。
聞くっていうことと菊花紋章が掛かって、
十六菊花紋章っていうものが、
天皇家にあるんですけども、
あらゆる方面からですね、
すべてを聞し召して、
それを自分の中で消化すると、
で、自分が消化して、
自分の我は一切出さないで、
相手の主張を立てながら、
主張をも無くして行くってね、
そういう方法を取るわけですね。
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まさに天が私たちに授けてくださった
神の君でございます。
なぜ、神の君?
神の君?
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世界救世教
◆御 詠
七色の主義や思想を
コントロールし
白一色に変へん我業
で、この方法っていうのが、
古事記の禊払いのシーンに書かれている内容。
後半に出てくる五十神の神様で
表されている神様ですね、
黄泉の国を体験した伊邪諾尊
(いざなぎのみこと)がですね、
精神国の日本に帰ってきて、
そっから伊邪諾大神という形になって、
着き立つ船宿の神から始まって、
神様がいくつか出てくるんですけども、
その中の禊払いの行法として、
こういう神様がでてくるんですけども、
そこの精神的境地っていうものがですね、
今お話ししている内容なんですね。
人から何か自己主張があったという、
この主張をですね、
自分の中で飲み込んでしまって、
それを自分事かのように、
相手の主張を奥疎(おきさかる)、
どこに奥疎かというと、
自分のところにおきさかると、
自分のところに置くと。
で、自分のところに置いたら、
自分がこれをどうするか
という対処法を探っていく、
辺疎(へさかる)っていうね、
まあ、そういうやり方がですね、
所謂禊払いにはあって、
これは具体的にどういう事というと、
~省略~
こういう問題に対して
言霊学ではどういう禊払いをするのかと、
それをそのまま
言ってきている上司の主張をですね、
そのまま自分事と捉える。
自分が上司になったつもりで、
パッみたときに、
ーーーーーーーーーーーーー
人の~目を借りて~
自分を見ていた
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確かに机が汚れているなと、
自分が上司になって、
その光景を見るみたいな状態に
もっていって、
ultra soul / B'z
確かに机が汚いと、
で、上司はですね、
「おい、KOUJI、お前が片付けろ!」
と言っていると、
自分が上司の主張になっているわけですから、
「KOUJIが片付けろ」となったらですね、
自分自身で、
ああ、これは確かに
KOUJIが片付けなきゃいけないんだ、と、
いうことを
自分に言い聞かせて、
自分が片付けると。
ということをやるんですね。
そうすると
上司っていうのは、来た時に、
机が綺麗になっていないと怒るんだと、
このゴミをKOUJIが片付けていないと
怒る人間なんだと、
自分の中で知るんですね。
で、自分の中でそれを知って、
じゃ、上司っていうのは、こういう人なんだから、
これは上司が怒る前に、
自分が片付けてしまおうと、
ということを
自分の中で処理して、
次から上司が来る度に、
先に綺麗にしておくわけですね。
例えば、
上司が食べてる時とかがあったら、
すぐさま、「そのゴミ食べ終わったら、
俺に渡して下さい。」みたいな感じの
すぐに対応するわけですよ。
こういうことをやることによって、
もともと上司っていうのは、
机の上にあるゴミに対して
ガミガミ言う人だった
ということがですね、
消えるわけですね。
なぜなら
自分が消したからと。
どうやって消したかというと
ただ単に
自分がゴミを片付けたからと。
たったこれだけなんですね。
これだけ?
これを聞いてるみなさんは、
そんな自分だけ損するような事、
めんどくさい事なんか、
絶対にやりたくない、
というふうに思ってしまうと思うんですね。
僕も思った事なんですけども、
ですけども、
実は言霊学の究極の原理というのが、
そこにあってですね、
スメラノミコトとかブッタとか、
そういう人達っていうのは、
まず自分の
我を無くして、
執着を無くして、
欲を無くして、
こういうことをやって、
自分の自己主張が全くない状態で、
それを奇麗に片づけていく。と。
ですから上司は今まで通り変わらず
ガミガミ言ってるんですよ。
なんか汚いことがあったら、
相変わらず「お前汚ねーよ!」みたいな感じで
言うんですけども、
それを何事もなかったかのように、
反発も何もせずに、
自分が、上司が怒るっていう
現象が起きないように、
先に片づけるっていう、
こういうことをやっていくわけですね。
日月神示
山の谷まで曇りているぞ、
曇りた所へ火の雨降るぞ、
曇りた所には神は住めんぞ、
神なき所愈々だぞ。
ひどいことあるぞ、
臣民自分でするのざぞ。
一日一日延ばして
改心さすように致したなれど、
一日延ばせば千日練り直さなならんから、
神は愈々鬼となって
規則通りにビシビシと埒あけるぞ、
もう待たれんぞ、
何処から何が出て来るか知れんぞ
と申してあろがな。
花火に火をつけよ。
日本の国の乱れて来たのは
来られんものを来らしたからぞ。
三千年の昔に返すぞ、
三万年の昔に返すぞ、
三十万年の昔に返さなならんかも知れんぞ。
家内和合出来ん様では、
この道の取次とは申されんぞ、
和が元ざと申してあろが、
和合出来ぬのはトラとシシぞ、
どちらにもメグリあるからざぞ、
昼も夜もないのざぞ、
坊主 坊主くさくてはならんぞ。
大掃除でぴーイカピカ!
世界救世教
節分が、夜の世界の罪穢れが清算される。
三千年という永い夜の時代に
積んだ多くの罪を
節分ごとに浄化が厳しくなる。
節分の夜、神を押し込めたという最大の罪を
清算される。
最も重要なことは、
いずれの意味にとっても、
私たちを救うために
浄化が強くなるということ、
つまり、
浄化は罰するためではなく、
救うため
であることである。
そうすると
この左進右退的の渦巻が
一切のものに行って、
ある程度浄化されたきれいなものは
中に入れますが、
汚いものは外にはねられてしまうのです。
大浄化作用です。
ですから
残ったものは善で、
はねのけられたものは悪ですから、
自然に善悪の立て別けが
ついてしまうわけです。
それでこの渦巻を自然に通って、
はねのけられない人をつくるのが
救世教の信仰です。
日月神示
人民は喜びの子と申してあろう。
罪の子でないぞ。
嬉し嬉しの道あるに
何故歩まんのぢゃ。

日本は霊的
外国は体的
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天国の福音と真理は
普く宣べ伝えるべし
しかる後
世の終りも来る
と共に
天国も出現する



















































































