世界平和実現の道も一歩から

2030年まであと4年

 

 

 

 

 

 

日月神示

この道に縁ある者だけで型出せよ
カタで良いのじゃぞ。

 

 

 

 

 

 

 

自分の力で書いているうちは

~プロだと思わない僕はの型~

 

 

 

自分の能力を超えたものが

書けちゃうときがあるんですよ。

 

 

そういうときね、

あとで吐いたりするのね。

 

肩こっちゃって。

 

 

それである人に相談しに行ったら、

 

それは当たり前だ。

お前が書いてるんじゃないからって

言われて、

 

サムシンググレートが

お前に書かせてるんだからって。

 

だけど吐き気がしちゃったりするんですけど

どうしたらいいですか?って言ったら

 

 

 

 

 

 

僕が何かにのられて

自分の力でなく

書けるようになって

初めてプロだ

というふうに思ってるけどね。

 

自分の力で書いているうちは

プロだと思わない 僕は

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな、プロにしてあげたい。

 

 

何となれば

聖書の予言も

本教がそれを具体化する事も、
神エホバが人類愛の御心によって

理想世界の建設の為、
時に応じて

選ばれたる人間を

自由自在に駆使せらるるからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたがたが

 

 

「あ~これは

 偉大なる指導者だ」

 

 

という時にわたしに会う

と言っているんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆本教救いの特異性

本教の使命は

地獄で苦しんでいる人達を天国へ救うので、
それによって

社会を天国化そうとするのである。

 


この意味に於て、

人を天国へ救うには、
先ず自分が天国に上って

天国人となり、
大衆を救い上げる
のである。

 

 

 

 

 

 

つまり地獄から天国へ梯子をかけて、

 

 


手を伸ばして一段々々登らしてやる

という訳である。

 

 

 

これが、今日迄の凡ゆる宗教と異なる点で、
それは寧ろ反対でさえある。

 


周知の如く、

昔から宗教人といえば、
粗衣粗食、最低生活に甘んじ、

難行苦行を重ね、
自分は地獄的状態にあり乍ら

衆生を救おうとするのであるから、
梯子を逆に用いる訳である。

 

 

即ち、救う者が救われるものを

押し上げてやるのであるから、
上から引張るよりも

押し上げる方が、
どの位骨が折れるかは、

推察さるるであろう。

処が、その当時としては、
実は天国は出来ていないから

止むを得なかったのである。

 

 


勿論それは時期尚早の為で、

霊界が夜であったからである。

 

 

 

然るに、昭和六年以降、

漸次霊界は昼になりつつあるので、

 

 

 


天国を造る事は容易になったのである。

 

 


否、人間が造るのではない、

神様が造るのであるから、
自然に時の進むに従い

進捗するので、
人間はただ神のまにまに

動けばいいのである。


即ち、神が設計し、監督し、

多数の人間を

自由自在に使役するので、
私としての役目は先ず

現場監督と思えば間違いないのである。

 


 

勿論その一部として

現在天国の模型も造っているので、
信者諸君はよく知る処である。

 


右の如くであるから、

土地にしても予期もしない時期に、
予期もしない位置に、売りたい人が出る。
すると

私はハハー神様がここを買え

というのだなと思うが否や、
それだけの金額は

別に苦労しないで集まってくる。

 


それに準じて、

最も適した設計者も土木建築家も、
材料も、思う通り必要なだけは

判で捺したように入手する。


庭木一本でも、

突如として誰かが持ってくる。
それがチャンと当嵌まるような場所がある。
時には、

庭木が数本も数十本も一時に入手するので、
私は戸惑いするが、

これは神様がなさる事と思うから

庭を睨み乍ら、順々に植えて行くと、

過不足なく、きっちり当嵌ってしまう。
 

その度毎に、

一切は神様がやられる事が、

実によく分るのである。

 


或る位置にこういう石や木が欲しいと思うと、
一日か二日でチャンと来る。

これが奇蹟でなくて何であろう。

 


こういう事を書けば限りのない程で、
追々書く事にするが、

今はただ片鱗だけを書いたのである。

この文は、

総て人間がやっているのではない、
神様の経綸のままに、

人間がやらされるという事を、
分らせる為に書いたのである。

 


これ等によってみても、

神意は地上天国建設の第一歩として、
その模型を造られるという事が

あまりに明らかである。

 

 

https://www.izunome.jp/net-tamagushi/

 

 

 

 

まだいろんな計画がありますよ。

 

 

無肥料栽培のほうは、

どこで誰がやってもできるんですからね、

これはまあ、

見本を示すくらいにしておいて

 

 

花のほうを大々的にやろうってわけなんです。

それから将来芸能ね・・・

歌とか踊りとか、

そっちのほうもやって行こうと思ってるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

明主様の御心を本当に

実現するために歩んでいこうと

 

 

箱根、熱海、京都。

 

 

九州に行って中国(北京、天津)行って、

 

 

エルサレム。

 

 

ですから

西へ西へと行くわけです。

 

 

エルサレムに地上天国ができた時が、

世界の地上天国の初め

になるのです。

 

 

それからが世界が統一されるのです。

これは私が言うのではなくて、

 

 

昔ユダヤの方で

そういう予言があるのです。

 

 

 


 

 

作れたら楽しいじゃないですか。

 

 

 

 

 

立春の日には組織が変わった。

元旦には、今年から大変だと言った。

それは世間のことと思ったら、

教団自体に大きい変わり事があった。

 

 

これからは世の中に変わり事があろうと思う。

 

 

いまは観音様のお働きはできない。

祝詞にも、応身弥勒と化し、

メシヤとならせと入れた。

 

観音様はメシヤとならせられ、

観音様のお働きはメシヤになる。

観音様は東洋的であり、

世界的のものではない。

 

世界人類の救済からゆくと、

メシヤ教は

よほどキリスト教に近くなる。

 

 

 

 

 

いずれそうなるべきだが、

ようやく時期が来たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある種、

こじつけにも思えるようなところに

未来の事象が

収斂していくんだよ。

 

 

 

仏教、キリスト教を救う。

それが救世教の使命。

 


 

 

 

 

 

 

そのスタートは

御子を信ずる、

受け入れる。


 

神の言葉を受け入れる。

自分の心という土壌に、

その御言葉を受け入れる

ということです。

 

 

 

 

 

 

明日、桑田をどうやって

打ってやろうか