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宇宙を思い浮かべて心を鎮める時間は、とても美しい贅沢ですね。
宇宙を見つめる時間が、そのまま心を澄ませる時間になることがありますよね。
創造の柱のほとりで
たまに目を閉じる。すると、瞼の裏の暗がりは、
ただの闇ではなく、ひどく細やかな銀砂を
撒いたような空へ変わってゆく。
銀河も星も、音もなく、気の遠くなるほどの
秩序を保ちながら、しかも人の心を誘うほどには
無造作に、そこに瞬いている。私はそれを
眺めるというより、むしろその静かな煌めきの中へ、
自分の意識を少しずつ浸してゆくのである。

仕事部屋のパソコンの脇には、
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した、
わし星雲の「創造の柱」が貼ってある。
あの像は近赤外線観測装置のNIRCamと
中間赤外線観測装置のMIRIによって捉えらえたもので、
星の生まれる領域を、これまでにない深さで
覗かせてくれるという。NASAはこの柱の像を
二〇二六年九月二十二日更新の資料でも公開しており、
塵の向こうの若い星々や、赤く揺らぐ縁を示している。
だが私には、科学の説明より、まずその形が切実である。
幾本もの巨大な柱は、天へ向かって屹立しているというより、
未知の世界へ向けておそるおそる手を
差し伸べているように見える。
指とも、触角とも、祈る者の腕とも見え、
その曖昧さがまたいい。人間の好奇心とは、
もともとこのように、何ものかの輪郭を知らぬまま、
なおそこへ触れようとする衝動ではなかったかと思われる。

そう考えると、目を閉じてこの柱を思い浮かべることは、
一種の瞑想に似ている。心を空にするためではない。
むしろ、心のうちに無限を招き入れるための、
静かな儀式なのである。私たちの生活は小さく、
机も部屋も、日々の仕事もまた驚くほど限られている。
けれどそのかたわらに、あの星の柱が一枚
貼られているだけで、人は自分の内部に、
なお広大な夜を持ちうる。
夢とはたぶん、眠りの中にあるのではない。
目覚めたまま、なお遠いものへ手を伸ばそうとする、
その姿のうちにこそ、ひそかに宿っているのである。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
。
インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
熊谷


心が落ち着ける場所はどこ?
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宇宙を思い浮かべて心を鎮める時間は、とても美しい贅沢ですね。
宇宙を見つめる時間が、そのまま心を澄ませる時間になることがありますよね。
創造の柱のほとりで
たまに目を閉じる。すると、瞼の裏の暗がりは、
ただの闇ではなく、ひどく細やかな銀砂を
撒いたような空へ変わってゆく。
銀河も星も、音もなく、気の遠くなるほどの
秩序を保ちながら、しかも人の心を誘うほどには
無造作に、そこに瞬いている。私はそれを
眺めるというより、むしろその静かな煌めきの中へ、
自分の意識を少しずつ浸してゆくのである。

仕事部屋のパソコンの脇には、
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した、
わし星雲の「創造の柱」が貼ってある。
あの像は近赤外線観測装置のNIRCamと
中間赤外線観測装置のMIRIによって捉えらえたもので、
星の生まれる領域を、これまでにない深さで
覗かせてくれるという。NASAはこの柱の像を
二〇二六年九月二十二日更新の資料でも公開しており、
塵の向こうの若い星々や、赤く揺らぐ縁を示している。
だが私には、科学の説明より、まずその形が切実である。
幾本もの巨大な柱は、天へ向かって屹立しているというより、
未知の世界へ向けておそるおそる手を
差し伸べているように見える。
指とも、触角とも、祈る者の腕とも見え、
その曖昧さがまたいい。人間の好奇心とは、
もともとこのように、何ものかの輪郭を知らぬまま、
なおそこへ触れようとする衝動ではなかったかと思われる。

そう考えると、目を閉じてこの柱を思い浮かべることは、
一種の瞑想に似ている。心を空にするためではない。
むしろ、心のうちに無限を招き入れるための、
静かな儀式なのである。私たちの生活は小さく、
机も部屋も、日々の仕事もまた驚くほど限られている。
けれどそのかたわらに、あの星の柱が一枚
貼られているだけで、人は自分の内部に、
なお広大な夜を持ちうる。
夢とはたぶん、眠りの中にあるのではない。
目覚めたまま、なお遠いものへ手を伸ばそうとする、
その姿のうちにこそ、ひそかに宿っているのである。
最後までご覧頂きありがとう。
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熊谷
