「日航ジャンボ機墜落事故」をあらためて振り返り | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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標題の日航ジャンボ機墜落事故について


先ず分かっている事実から整理してみたい


①(事故の日付):1985年(昭和60年) 8月12日 18:56


②(フライト計画):東京発、大阪・伊丹行き 日航123便 (機材) ボーイング747 SR100


③(場所):墜落地点 群馬県上野村 (御巣鷹の尾根)


④(犠牲者):乗員乗客524名 うち救助生存者4名(後部座席付近の女性)


⑤(原因):事故調及び日航による主原因調査結果(1987年、昭和62年)


 主な原因:同機材は1978年(昭和53年)6月2日、大阪・伊丹空港での尻もち着陸事故で後部


 機体を風にあおられたかで擦過(こすった)したと思われる。

 

 その際に後部隔壁修理を担当したボーイング社の修理が不充分、不適切だったとみられる。


 リベット(合金を接合する金釘)の数列、強度確認不足が両社にみられる。


 事故調ではこれを「後部圧力隔壁の破損」が主原因と当時報告している。


 以後、同社及び同関係者ではメンテナンスの責任の所在を明確にすべく改善に取り組んでいる。


 


 これらの課題から今後事故防止の為にどんなことが提案できるか。



例①: 航行中、なんらかの異常事態、(ここでは垂直尾翼が破損、油圧系統がNG )発生した場合


  ○先ず基本に戻って体勢を立て直す。ことがのぞましいのに、ベテランの機長が交替して主操縦桿を握らなかったのは、危機管理に対する甘さが蔓延していたのではないのか。


   そもそも、始動前点検でメンテになんらかの不備があれば異常に気づくはず。




 ②メーデー(緊急事態)発生してから操縦不能を認知後、進路を右旋回に判断したした時点で、海面不時着は困難となった。とすると小さな空地、滑走路ほどの広い道路を探すがもう地形は暗闇に包まれている。


  高度を下げないと客室の気圧が保てない。 かといって油圧系統がやられているからコントロールが効かない。


 ではどうするか?


 乗客の生命の安全を第一に考えたらその状況下では、樹木をクッション代わりになだらかな山にソフトランディングする。


万一に備えて緊急用のマニュアルも備えてあったはずだがパニックになり単調な回避行動しかとれない訓練の課題もみえてきた。


人命優先のソフトランディング、そのためには速度を失速間際まで抑えて位置情報を伝えるべく信号弾とか照明弾の打ち上げ。


やるべきことを全てやって、人事を尽くして天命を知るの如く、明るい気分で運を天に任せてみんなで賛美歌でも歌うぐらいしかないだろうな。もし私がその状況に置かれた機長だったとしたら。





        ~これが事故を教訓にするという事~