気象庁“マグニチュードは9.0”に訂正
3月13日 11日、東北の太平洋沿岸で起きた巨大地震について、気象庁が、観測データを詳しく分析した結果、地震の規模を示すマグニチュードは9.0だったことが分かりました。
7年前にインド洋大津波を引き起こしたスマトラ島沖の巨大地震にほぼ匹敵する規模となります。
今回の地震について、気象庁は、これまでマグニチュードの大きさを8.8と発表していました。
その後、地震波などのデータを詳しく分析した結果、今回の地震の震源域は長さおよそ500キロ、幅がおよそ200キロに及び、断層の破壊は断続的に5分以上にわたって続いていたことが分かりました。
そして気象庁が、地震の規模を改めて計算した結果、マグニチュードは9.0だったということです。
気象庁などによりますと、マグニチュード9以上の巨大地震は、世界ではこれまで4回観測されています。
このうち最も大きかったのは、51年前の1960年に南米のチリ沿岸で起きた「チリ地震」のマグニチュード9.5で、このときは1600人以上が犠牲となり、日本にも津波が押し寄せて、142人の犠牲者が出ました。
7年前にインド洋大津波で20万人を超える犠牲者が出たスマトラ島沖の巨大地震はマグニチュードが9.1で、今回の地震はこれにほぼ匹敵する規模の地震となりました。
☆未だに今回の地震のメカニズムが発表されないが、400年に一度、江戸幕府開府以来の自然災害で、一世紀に4度の世界的大地震とのことだが、これだけ科学が発達しても人命被害を減らす事はできないのか?
いや、科学が発達してるが故の油断、自然の軽視と警鐘を与えてるのか・・・
今度のお彼岸には皆様の分も併せて供養させていただきます。南無阿弥陀仏・・・
これからは亡くなられた方々のご遺志も受け継いで、人命を尊重し、地震が起きたら速やかにヘルメットを被ってリュックを背負って、津波に対し近くの高台か、高層ビルへ避難します。
そして皆さんの分まで倍長生きします。 安らかにお眠り下さい。
津波の中から脱出した人も
3月13日 仙台市宮城野区では、プレハブ小屋ごと津波に流されたり、車ごと波に飲まれたりしながらも脱出し、九死に一生を得た人もいました。
仙台市宮城野区蒲生に仕事で来ていたトラック運転手の菊地鉄也さん(37)は、会社のプレハブ小屋にいたところ津波に飲まれ、小屋ごと1キロ先まで流されました。
小屋にはどんどん水が入ってきて顔まで水につかり、そのうち体が水に浮き始めて、頭が天井につくほどになったということです。
菊地さんは「必死に天井を押さえ、呼吸ができる空間を作った。がれきや車までが小屋に入ってきて、つぶされるかと思った。まさに生きるか死ぬかだった」と話していました。
菊地さんは、津波が収まって小屋の中の水が徐々にひきだしたため、脱出することができたということです。同じ地区に住む渡辺汎さん(82)も津波から逃れることができた1人です。
渡辺さんは生後1か月の赤ちゃんや89歳の女性を含む親せき4人とともにワゴン車に乗って逃げる最中、津波に飲まれました。
ワゴン車は津波に流される途中で住宅にひっかかり、渡辺さんたちは車の窓を開けて車外へ脱出。
その住宅の屋根によじ登り、夜になって水がひくまでそこにじっとしていたということです。
渡辺さんは「津波は後ろからも前からもものすごいごう音とともに襲ってきた。
救助を待つ間、生きた心地がしなかった」と話していました。
また、宮城野区の海岸近くに住む会社員の斉藤元さん(28)は、住んでいた2階建てのアパートの屋上に避難しました。
斎藤さんは「津波で流されてきた家と車がぶつかりあって火災が発生し、ガスボンベが引火したとみられる爆発も相次いだ。流れてくる家の中からは助けを求める声がしたが、しだいに声がしなくなった」と話し、当時の様子をふりかえりました。
屋根に乗って漂流 沖合で救助
3月13日 13日午前11時すぎ、捜索に当たっていた海上自衛隊の護衛艦が、福島県双葉町の沖合で屋根の上に乗って漂流している男性を見つけ、救助しました。
男性は病院で手当てを受けていますが、大きなけがはなく、意識もはっきりしているということです。
救助されたのは、福島県南相馬市の新川広光さん(60)です。
防衛省によりますと、13日午前11時すぎ、捜索に当たっていた海上自衛隊の護衛艦「ちょうかい」が、福島県双葉町の沖合15キロのところで、大量のがれきとともに漂流する屋根の上で手を降っている新川さんを発見しました。
海上自衛隊は護衛艦のボートを降ろして救助作業に当たり、午前11時半ごろ、新川さんを無事救助しました。
新川さんが自衛隊員に話したところによりますと、地震当時、新川さんは、妻と共に自宅にいたということで、津波の知らせを聞いていったん外に逃げ出しましたが、すぐに忘れ物に気づいて引き返したところ津波に飲み込まれ、自宅ごと流されたということです。
新川さんはその後、屋根の上に上がって漂流を続けていたということですが、妻の行方は分かっていないということです。
新川さんは現在、福島県相馬市の病院で手当てを受けていますが、左手に軽いけがをしている以外は大きなけがはなく、意識もはっきりしているということです。
6か国の救助隊 日本に到着
3月13日 東北関東大震災の被災地で救助活動を行うため、これまでに6か国の救助隊が日本に到着し、次々と被災地に向かっています。
これまでに外国から日本に着いたことが確認された救助隊は、アメリカ、韓国、中国、シンガポール、ドイツ、スイスの6か国に上ります。
このうち、アメリカの救助隊は13日午後、青森県の三沢基地に到着しました。
そして大津波で大きな被害を受けた岩手県の大船渡市に向かい、救助やけが人の治療などを行う計画です。アメリカ軍も原子力空母「ロナルド・レーガン」などの艦船が被災地の沖合に到着し、空母の甲板で自衛隊のヘリコプターに給油活動を行っているほか、駆逐艦「マクキャンベル」なども行方が分からない人たちを捜索しています。
韓国の救助隊は、岩手県の花巻空港に到着したあと、陸路、宮城県内の被災地に向かいました。
中国からも援助隊が、13日午後、羽田空港に到着しました。
中国を出発する際、陳慶開隊員は「一刻も早く被災地に着いて現地と連携し、活動を始めたい」と話していました。
中国の援助隊が日本に派遣されたのは初めてです。
また、シンガポールの救助隊5人と救助犬5匹は、成田空港に到着後、自衛隊機で福島県に到着しています。
ドイツとスイスから派遣された救助隊員と救助犬は、いったん宮城県内登米市に向かい、その後、具体的な活動の地域を決めるということです。
外国から来る救助隊は、これからも増える見通しで、このうち、先月、地震の被害を受けたばかりのニュージーランドからは、13日夜、先遣隊が成田空港に到着する予定です。
イギリスからは、救助隊員と医療関係者ら63人と救助犬2匹の救助隊が、またフランスからは2つの救助隊が日本に向かうことにしています。
一方、国連は、日本政府からの要請を受けて各国からの救助隊の調整に当たる「災害評価調整チーム」7人を派遣することを決め、メンバーは、13日以降、順次、日本に到着します。
一方、ロシアのプーチン首相は、12日、日本で電力不足が続く場合に備えて、日本も開発に参加している極東サハリン沖のガス田「サハリン2」から日本への液化天然ガスの供給量を増やす準備をするよう指示しました。
このように、東北関東大震災の被災地に対する国際社会の支援が本格化しています。
☆毛布が足りないとか・・・どこへ送ればいいのか?
使い捨てカイロも送りたい♪
節電の為に、通話、TV、ネット等控えております・・・悪しからず♪