この日の最大の目的地は山鹿である。
山鹿の八千代座
明治43年(1910)に建設された芝居小屋・八千代座は開業以来様々な興行を行い、山鹿に賑わいをもたらした。地元の有志が一株三十円を出し合って合計二万数千円。当時としては相当な金額でした。山鹿は豊前街道の要所であったので、裕福な商人が多かったのです。
しかし昭和には映画館になり、テレビの普及により客足が減り閉館。小屋は荒れ果て、屋根には穴があき床は抜けた。不要といわれた八千代座を救うために立ち上がったのが、何事も事なかれで過ごす公僕どもではなく、この八千代座と共に育った老人たちと、永六輔の講演でその価値に気がついた青年部のメンバーでした。
平成になり重要文化財に指定され、平成13年、当時の姿を再現復興された八千代座。
この枡席に当時は8人座ったのだとか。今は4人で運用されている。
正面は上座の桟敷席。役者が花道で目一杯な演技をするのは、正面に上座があるから。
奈落も見学できる。
ドイツ製の回転舞台の装置。もちろん回すのは人力。
そしてやはり人力であげる、すっぽん
上演される芝居の内容を検閲する臨検席は時代を感じさせますね。
舞台の袖にある影拍子の席
花道。このように舞台の進行を見てタイミングよく登場するのだろうね。
てけつ。てけつ=チケット。つまり券売所。
視覚的に美しいし、保存されている歴史も素晴らしい。
そして、こちらは山鹿灯籠民芸館。セットで観ると少し安くなる。
旧安田銀行山鹿支店の建物なので、内部には重厚な金庫が現存しております。
山鹿灯籠というものは、和紙と糊だけで作られているので非常に軽い。これを頭に載せて踊るのが、山鹿灯籠踊り。
8月の山鹿灯籠まつりで夜通し踊られます。山鹿灯籠まつりの期限は、第12代景行天皇が山鹿に巡幸された時に山鹿の人々が松明を掲げてお迎えしたことが起源といいます。
この石門は金剛乗寺の石門で、1804年の作られた物。
こちらは山門です。
金剛乗寺は、空海によって開山された由緒ある寺院で、かつては西の高野山とまで呼ばれた寺院でした。一度衰退してしまってのですが、山鹿の温泉が枯れてしまった時に祈願によって復活させた、宥明法印が再興しました。
宥明法印が遷化された時に紙細工職人の名人、山口兵衛が数百の神灯籠を作り霊前に捧げたことが、山鹿灯籠の起こりとも言われています。
2つの出来事が融合して、現在の山鹿灯籠まつりとなったのでしょう。
ね。















