そして、また山の中を走り回って天岩戸神社に到着。山の中と言っても阿蘇は草原の中とかも多いので、ちょっと景色が違いますよね。途中で子鹿さん轢かれてましたが。
天岩戸神社 西本宮
古事記にも日本書紀にも記述のある天岩戸がある神社です。
ですので、天照皇大神を祀った神社です。
こちらは、神楽殿であり、天安河原の遥拝所でもあります。
昔、東本宮あたりに住まわれていた人がいて、天岩戸へも出入りしていた。弟が乱暴者で天岩戸に隠れてしまって、それでどうしようかとみんなで集まって相談した場所が天安河原。
ここ高千穂では、神とは呼んでいなくて人だったのが、鹿児島の霧島連山、高千穂峰のほうで神と呼ばれるようになって、ここ高千穂でもそれに倣って神と呼ぶようになった。
日本に米を広めたのは3人ほどいたと言われているご、その1人が神武天皇だと思われる。神武天皇は、おそらく中国地方に稲作を指導しながら近畿へと移動していった。広島、岡山で10年くらい滞在しているが何をしていたかは記録がないが、おそらく米を普及させていたのではないか。
食糧を安定的に供給してくれた神武天皇を、人々は神様のようだと思った。そうなれば、神武天皇の子孫は神の子孫になる。そして祖先は神ということになる。
世界的に万物は神だったが、キリストやモーゼが現れてた。一神教なので、それまでの神々は否定されて神は唯一の存在となった。でも日本ではそうはならず、万物も神であり続けた。八百万の神という発想は生き続けたわけ。
でも神道は人間関係の問題は解決する術がない。古事記でも神様同士がしょっちゅう喧嘩しているわけで、そういうことに対応するのは苦手だ。それで仏教が導入された。仏教はそういったことが得意だったからだ。
などという話を案内をしてくれた神官の方が最後にされました。なかなか面白い話でした。
天安河原へは、西本宮から15分くらい歩きます。まずは河原へと降りていきます。
下流左側に天岩戸があるはずですが、こここらは当然見えません。左から流れる川の上流に天安河原があります。
橋を渡り、右へと進みます。河原には大きな甌穴が並んでいますね。
天安河原宮に到着。神域ですが、ここは立ち入り可能です。
中側からの眺め。誰も居ないわけではなくて、最初に来た時は観光客でいっぱいでした。これは、翌朝まだ観光客で賑わう前に再訪した時の写真です。もう一度訪れたい場所だったからです。緑が綺麗で安まります。
ね。









